04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

空ちゃん木に登る 

DSC_2511.jpg
松の木に登って空を目指しています。

Posted on 2017/04/23 Sun. 08:15 [edit]

category:

TB: 0    CM: 0

23

遥照4月号2017 

           DSC_2445.jpg
揚げ雲雀天の深さを計り鳴く     佐藤宗生
蒼穹の無限の画布を初つばめ    花房柊林
命名の墨痕著き春灯火         甲斐梶朗
思ひ出はみな美しく霞みけり      中西八千代
啓蟄や触覚として白き杖        山崎靖子
蕗の薹地雷など無き国に住み    石津淡紅
掛軸を掛け替えて聴く初音かな    牧明子
故里を発ちし列車や春の月       竹地恵美
首切りし大根整列する畑        古川澄子
動くとも見えぬ沖船鰆東風        森脇八重
童謡を流して待てる雛句会        森靖子
ものの芽に踏み出す勇気貰いけり   原房枝
パソコンの余寒予感と変換す      土屋鋭喜
最後まで意地通しけり春愁       柚木寿代
コンポスト重石ふんばる春嵐      石井弘子
凍てし夜や音軋ませて貨車の過ぐ   山下和子
同い年夫婦そろひて厄祓ひ       大野雅子
春耕の大地にしかと鍬の跡       大室瀧子
床の間の瓶がほめられ椿咲く     藤沢絹子
投函のポストを濡らす菜種梅雨    久戸瀬孝子
鰭酒や来し方時空短絡す        山下卓郎
猫の名は空と海てふ風光る       浅野陽
菜種梅雨ちよっと着てみる勝負服    南みどり
花菜漬け絞る媼の太き指        工藤泰子

Posted on 2017/04/08 Sat. 20:14 [edit]

category: 遙照

TB: 0    CM: 0

08

円通寺2017 

円通寺に吟行に行きました。
山頭火の句碑と手毬の句碑
良寛に修行の時代囀れり   泰子
DSC_2440.jpg DSC_2447.jpg
DSC_2446.jpg      DSC_2445.jpg     DSC_2448.jpg

Posted on 2017/04/05 Wed. 19:34 [edit]

category: 俳句

TB: 0    CM: 0

05

やんぬるかな63 

やんぬるかな63  工藤泰子
前回は「ことばの翼・詩歌句年鑑」の谷口氏の五句から、二句を紹介して終わった。一つは、昨年の角川俳句賞予選通過の「西ようず」の句。「ようず」は春先に吹く季節風のことである。
「春宵」の句の意味は量りしれないが、とりあえず健次との接点から探ってみよう。
海底は沈木の森西ようず     谷口智行
春宵の水甕健次の量(かさ)と思ふ  〃
 

「健次」とは、戦後生まれ初の芥川賞作家(46歳の若さで夭折)中上健次のことだ。受賞作「岬」の他「枯木灘」「地の果て至上の時」「熊野集」等がある。辞書を引くと「紀州熊野の風土や地縁血縁関係を描き、民族・物語・差別の問題を追及・・・とある。
 そもそも一回りも年齢が違う健次と智行(以下敬称略)の出会いは?熊野大学(健次が呼びかけて茨木和生、宇多喜代子氏が参加!・智行が俳句を始めるきっかけになる)までのことは、智行の「歌びとたちに描かれた熊野!『熊野、魂の系譜』(2014年)」の「中上健次論」に詳しい。
※筆者(智行)が語れることは、自身が新宮の春日地区と道一本隔てた伊佐田地区に育ち、幼い頃から此処と其処を行き来し、ごく自然にこの町に親しんだという点に尽きる。・・・新宮高校への自転車通学の際にも必ずこの踏切と健次の名づけた三叉路「天地の辻」を通った。※これらが原風景となった。
彼が「運河」編集長に就任した年のキャンプは勝浦で開催された。ホテルからは遠く那智の滝も見えるロケーションだ。吟行の途中「シーサイド北浜」と言う古ぼけたマンションを訪れた。そこの307号室こそ、健次の嘗ての仕事部屋であった(表札も残されている)。信じがたいことに、その真下の207号室を彼の父上が所有されていた時期があり、階段で健次とすれ違ったこともあったそうだ。
2010年に「『日の乱舞 物語の闇』熊野を詠むを出版したとき、なんと中上健次の自筆の題箋が表紙になった。墨痕の盛上がった書そのままの力強い装丁だ。この色紙は茨木先生から「テーマにせよ!」と渡されたものだった。本の帯文には「熊野二千年の光と闇を直視する先に熊野に生きる人々の素朴なる哀歓のつぶやきが聞こえる」とある。健次のメーセージを受け継ぐ運命?地縁だったのか!
 前出の俳句、【健次の量(かさ)】については、『魂の系譜』の中から「列伝それぞれの熊野」の中村苑子の文を引用して、その水の考察とする。「死と再生」の舞台”熊野”に相応しい!と思ったからだ。
【・・(佐渡のお寺の)遺骨を東京のお墓に移そうと
掘っていただいたんです。そうしましてね、蓋を開けてみると骨がございませんのよ。びっくりしましてね、そこで住職の顏を見上げましたら、何気ない顔で「月日が経てば水になります」とおっしゃるんですね。・・・無常感というか、人間って侘しいものだと思いましてね・・・考えてみると人間って結局水で出来ているわけでございましょ。】
  桃の世へ洞窟(ほこら)を出でて水奔る 中村苑子      
      ※※※
 さて、今年の角川俳句大賞は、松野苑子さんに決まった。現代的で素直に好きな句だ。
    「遠き船」  松野苑子
春の日や歩きて遠き船を抜く
帽子屋に汽笛の届く春の暮
春愁の旗立つやうにフラミンゴ
出目金のいつもどきどきしてをりぬ
断層の上に国あり昼寝覚
瘡蓋がシリアの形熱帯夜 

今回も谷口智行氏は「薬喰」「西ようず」に続き予選通過を果たした。彼の句に流れている地下水脈はとてつもなく深く、重く?容易には理解できない。表題の「森よ、」の呼びかけには、立ち止まらなければいけないメッセージも感じた。著書の中に『森を歩けば』「慕わしや、森」「嗚呼、森よ」と言う文章を見つけた。「ヽ」へのこだわりにも留意する必要を感じたい。
「人は百年、木は千年、石は万年」と言われる中、百年しか生きない人間が、しかもここ三十年から五十年の間にとんでもないことをやらかしてしまった」と・・
    「森よ、」   谷口智行
かつて火は鑚り出せしもの福沸  
峠灼く行路病者の霊寄りて
卒塔婆の倒れつぐかに山の霧の
色鳥や土中につづく巨樹の洞
地芝居に山の翁の来てゐたり

重畳と冥府つらねて雪の嶺々
     
           ※※※
彼が「運河」に寄稿した『青考』に、奈良の枕詞「青丹よし」のことが書かれている。古代中国では青は天を、赤は地を表したことより、日本の天地を治める都を讃えての言葉だそうだ。「青」の字は「生」と「丹」の二字を合成したものである。「生」は大地より草木が生える形で、「丹」は「丼」つまり井桁の中央に「ヽ」を加えた形であるからだ。井桁とは土を掘る時の枠で、中の「ヽ」は堀り出された石、殊に染料(色料)となす石を指す。一般に「丹」は赤色と思われがちであるが、本来は赤に限るものではなかった。 
   復元の朱雀門より青き踏む    長谷川翠
 さあ、一歩踏み出し、春を探しに出かけよう。
   青き踏む感電防止靴のまま    箭内 忍
   カメラ構えて彼は菫を踏んでいる 池田澄子
   「ひと」と呼ぶ動物出でて青き踏む 金子兜太
   ジーパンに詰め込む肢体青き踏む 能村登四郎
   青き踏むこころに干潟見てゐたり  岡本眸
   青き踏むまさかの人に誘はれて  山尾玉藻
   修了のなき晩学へ青き踏む   白神知恵子
 
前人未到の地ではないが、一歩づつ前進しよう! 
一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己              
       やんぬるかな!

Posted on 2017/03/23 Thu. 08:55 [edit]

category: やんぬるかな

TB: 0    CM: 0

23

第31回岡山県現代俳句の書展・・遥照同人 

温め酒酔へば逃げゆく塞ぎ虫   中西八千代
原爆忌人の知らない涙落つ    光岡早苗
生垣の木洩れ日ひろう寒雀    久戸瀬孝子
青空を転がしてゐる芋の露    工藤泰子
DSC_2281.jpg      17203056_583088595219940_2246067797887671911_n泰子の句

Posted on 2017/03/11 Sat. 10:43 [edit]

category: 俳句

TB: 0    CM: 0

11