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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな58 

やんぬるかな58  工藤泰子

 

前回は発見のカタマリの子供俳句を紹介した。

  ①「さくらの木秋になったらふつうの木」

  ②「はっばはねおちているけどいきている」

  ③「太い木にまたあたらしいえだがつく」

  ④「あきにはねいろんないのちのなきごえが」

  ⑤「秋になりひとがやさしくなってくる」

今年度の「第十一回浅口市俳句大会」の小中学生の作品も負けてはいない。私が気に入った小学生の句は、次の二つである。

A「かき氷口いっぱいの北極だ」

B「みんみんと静かな森が鳴いている」

Aでは、【北極という言葉がキーンと効いたね。口いっぱいで、なにも言えねえ!」と子供ぽくコメントした。】    

 Bでは【みんみんは蝉のこと、静かな森は鳴かないのだ!みんみんが鳴いて森が騒がしくなったというべきなのだ。メルヘンとしても読めなくもないが、「みんみんが静かな森に鳴きだした」「みんみんが聞こえる森の静けさに」などと実験してみた。大人は理屈をつけすぎるかな。】などと書いた。

しかし、後から子供の“自由な発想”を台無しにしたと後悔した。この下五の「森が鳴いている!」というアイディアは④の句の様にも読める。みんみんに誘われて森が(森の生き物や森の精まで)鳴いている!ではなかっただろうか?

さて、テレビの「プレバト」人気で、俳句がより身近になった。タレントの仰天発想に愕き、いつき先生の劇的添削に、「やってみよう!」と思うものの、いざ実作となると、敷居が高いのが実情だ。「分かるわかるわ~」と、心を捉えた感動の一句や俳人(本・テレビでも)に出会えれば、チャンス到来だ。そして、次には“乾いた心に届く俳句”に出会いたい。

蛇笏賞(だこつしょう)は、俳人・飯田蛇笏に因んで設けられた俳句の賞。前年一月から十二月に刊行された句集の中で最も優れたものに与えられる。俳句界では最も権威ある賞とされている。第五〇回(二〇一六年)は矢島渚男「冬青集」が選ばれた。最終候補作は、石牟礼道子「泣きなが原」、茨木和生「真鳥」、坪内稔典「ヤツとオレ」だった。主催は角川文化振興財団。

最初の選考委員は角川源義、最新は、宇多喜代子・片山由美子・斎藤愼薾・長谷川櫂だった。

飯田蛇笏」の秋の句を鑑賞してみよう。

芋の露連山影を正しうす

死病得て爪うつくしき火桶かな

たましひのたとへば秋のほたるかな

なきがらや秋風かよふ鼻の穴

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

誰彼もあらず一天自尊の秋

註(1885~1962)高浜虚子に師事、「ホトトギス」派の重鎮。強烈な主観で甲斐の自然と生活をとらえた端厳荘重な調べで知られる。飯田龍太は四男) 

              

をりとりてはらりとおもきすすきかな

今の季節の薄の句である。人気のこの句はたくさんの人が鑑賞している。「増殖する俳句歳時記」の解説で清水哲男さんの提言は愉快だ。「芒を手で折るなんて?千切らなければ無理!」と手厳しい。私も試してみたが、やはり手折るのは、無理だった。しかし銀色に揺れる薄が枯れて種が飛ぶようになれば重さなど感じないほど軽く、容易に手折れるのだ。手の中で「はらりと」向きを変えた瞬間、意外にもそれの重さを感じた。揶揄した深読みは好きではないが、 社会に無用な「枯れすすき」のような人(我)でも、一見何の重さ(価値)のない枯れたすすきの穂も確かな存在感を持っている!と言っている様にも思える。仮名書きにより、軽さ=儚さが際立った。存在感を感じさせる「はらり」の解釈は深い・・。

「遥照」では、二年毎に合同句集を編んでいる。三十三号は300号記念に出版され、誇らしい金字塔となった。私が参加する前の2003年(平成一五年)「鴨方俳壇・年間合同句集」が手元にある。佐藤宗生先生を始め、今も活躍中の人々の名前を見る事が出来る。

甲斐梶朗・川崎照女・土屋鋭喜・花房柊林・原房枝・古川澄子・牧明子・光岡早苗・森脇八重さん・・・。

故、太田蘆青、西山防流先生方にはお目にかかったこともあり、俳句を通じて人となりを思い出すことができた。

県大会で大活躍の人や選者先生の名も見受ける。

一度は「遥照」の門を潜った人達の作品(十句中2句)を紹介しよう。   

 

    太田蘆青「金の梵字」

  惜しみきれなき青空や竹の春

  末枯や金の梵字の仁王門

   西山防流「新領土」

独りゆく晴れの花野は是非の外

乾びたる池の鶺鴒新領土

    島村博子「自然讃歌」

  水温む先争ふもとどまるも

借景に大河大海囀れり

   清中蒼風「美神」

貝寄風や眉のかげりし美神像

沙羅咲くや樹上に十花地に十花

   坪井翠「蝶の昼」

蝶の昼予告なく来る女客

拝領の画を曝したり里の寺

   内藤吐詩朗「紅梅」

雪のせし紅梅さらに艶めきぬ

臍を出す鉄棒の子も花の下

   藤枝桃苑「匂ひ壺」

竹の杖句の杖つきて初詣

家々に梅咲き谷は匂ひ壺

        傍線は故人

さて芒に戻ろう。言葉は種に似ている。種を飛ばして軽くなったような芒でも、「はらりと重い」存在感がある。俳句の種を撒きながら、その風を思い起すのはなんと素敵なことだろう。

石津淡紅さんの「ことばの広場」の言葉にヒントをもらった。

「わが句歴を振り返ってみて、よく続いたな!と妙に感心するのです。仲間がいるから句会があるから、なのだと感謝するばかりです。自分らしく自分の香りのする作品をと、目指すハードルは高いのですが、なかなか満足には至りません。スランプもしばしばですが、「俳句は日記」「自分史」と思って、「遥照」の道場を愉しませていただいています。」(2003年合同句集より)

 

蟷螂のよろりと枯れを尽しけり  石津淡紅

 

「はらり」「よろり」この俳句のよろしさを味わうのに、秋は良い季節だ。

            やんぬるかな!

 

Posted on 2016/10/27 Thu. 13:11 [edit]

category: やんぬるかな

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やんぬるかな57 

やんぬるかな57  
敗戦の数ほど咲きし彼岸花  木割大雄
祝杯の酒は選ばず寝待月     〃

前回は浪速のプロデューサーこと木割大雄先生の俳句で終わった。阪神タイガース’85年の優勝(吉田義男監督)を挟んで4年分のスポニチ連載句「虎酔俳句集」より選んだものだ。
秋の蚊を打つは未練の掛布かな   〃
灯ともして川藤情話に古酒少し   〃
 
「虎酔」の往年の名選手に古酒少し・・といきたいところだ。ファンというのは、負けても負けても、明日を信じ夢を追うものだ。最下位・定位置のタイガースが優勝した時のフィーバーは昨日のことのように思い出される。敗戦の数ほど・・寝待月(月の出が遅いので寝て待つ・・秋の季語)・・この野球愛はどのチームでも同じことだ。
 今年の秋は広島が湧いた。そろそろ阪神を見限って、そろそろ広島東洋カープに、乗り換えるかと、思っていた矢先のことだ。25年ぶりにセ・リーグ優勝を決めた10日、NHKナイター巨人―広島戦の平均視聴率は、広島地区では、60・3%、瞬間最高視聴率は71・0%だった。これまで82勝中、42回までが逆転勝利の広島だ。その日、またしても赤で埋めつくされた東京ドームは、「神ってる」=神がかる逆転となった。
この優勝には、新広島球場の開場が多いに貢献していると思う。駅から歩いて10分と利便性があり、パフォーマンスシート・砂かぶり席・ただ見エリアなどの観戦のアイディアが詰まっている。「MATUDA Zoom Zoomスタジアム広島」命名権(三億円)のコピーもイケイケ・ドンドン!ズーンズーン・ブーブー(幼児語の車)!なかなかなネイミングだ。
ファッショナブルなカープ女子も現れた。黄色い?声援ならぬ、赤い装束(応援グッズ・ユニフォーム)で身を固め、効果てきめん!神がかる!
 カープの優勝効果は331億円と言われている。当分広島は赤色に染められることだろう。
       
さて話は変わるが、「やんぬるかな53」で紹介した小畑晴子さんから第五句集「蛍火」が届いた。これはまた紹介するが、彼女の充実ぶりには驚かされる。「俳句文学館」(俳人協会新聞)8月号に、写真入りでその快挙が掲載されている。
俳人協会創立55周年記念(関西ブロック)
【第51回関西俳句大会賞・朝日新聞社賞】
  抱き取りし子になまはげの藁匂ふ 小畑晴子
 受賞の言葉に句作のヒントを見つけよう!
ひたすら写生貫いて:大会賞・ 小畑晴子
「東北への旅吟の折、阿波野青畝先生のお車に同乗させて頂いた。その時先生は「晴子さん、歩くことや!見ることや!」とおっしゃった。俳歴が長く、5人の先生に師事し、どの先生にも歩くこと、写生を貫くことを学ばせて頂いた。一人暮らしの自由さに国内はもとより、海外まで足を伸ばし、ひたすら写生に徹した。その中の「なまはげツアー」は圧巻で、10数人のなまはげが小高い山の上から奇声を挙げ、地響きを立てて迫ってきた。喚ぶ声と共に、闇に舞う雪と松明の火の粉が印象的だった。今回のこの大賞にお選び下さった先生方、そして結社でご指導頂いている主宰に心よりお礼申し上げます。」

 「第55回全国俳句大会」の選句集が届いた。
  捕虫網蛤御門くぐりけり   小畑晴子(入選)
応募総数一万4千一八六句の中から、大会賞六句、秀逸賞七句が選ばれた。因みに岡山からは、入選一句、予選通過作品は二七句だった。(一部)
  太き榾返す米寿の耳透けて    密田真理子
  麻痺の手に持たす手鏡初桜    白神知恵子
  観音のひしめく御堂竹落葉    柴田奈美
  子らの声ひとつに山車の動き出す 横田多禾(入選)
  渡し守いとま春筍掘りゐたり   杉本征之進
  いせみちとみのぢの分岐風光る  工藤泰子

 香川県14句の中に・・
  旅に買ふかみそり一つ秋の蝉  涼野海音
さて地元では、「第十一回浅口市俳句大会」が十月十五日に開催され、浅口市文化祭でも、入選句の発表がある。市内の一部の小・中学生にも呼びかけていて、定評もある。
前回紹介した「俺」こと木割大雄先生は兵庫県伊丹市の教育特区「ことば科」の特別講師をされている。伊丹市内外30校以上の小・中学校の俳句授業に招かれ、こどもたちに(ことば・いのち)をテーマに語りつづける活動は、新聞等に紹介されている。
 木割先生から「俳句の小径」という冊子を頂いた。
【小学校で五・七・五のリズムにのって自由に書いてみようという授業を続けている。が、あるとき中学校に招かれた。一年生の教室。中学生だから、季語について分りやすく説明した。その上で5分間で一句つくってみて、と呼び掛けた。季語は「おでん」と。・・中略・・私は彼らに、おでんの具は、みんな生き物でできているぞ、・・すると、
  「大根もしっかり生きてる命だよ」
  「だいこんを黒く染めてるダシがある」
  「おでんとは家族と具材を結ぶもの」
  「おでん食ううまさは母の愛情だ」

俳句とは生命を詠うもの、ということを知ってもらいたい。書くことで、言葉の力を自覚してもらいたい。その出発点になってほしい、と願っているだけ。】
発見のカタマリの子供俳句を紹介しよう。
  「さなぎから顔を出したらまぶしいよ」(昆虫館)
  「さくらの木秋になったらふつうの木」
  「はっばはねおちているけどいきている」
  「太い木にまたあたらしいえだがつく」
  「あきにはねいろんないのちのなきごえが」
  「秋になりひとがやさしくなってくる」

「ことば」が「いのち」があふれている。
彼らにエールを送りたい!やんぬるかな!

Posted on 2016/09/23 Fri. 09:12 [edit]

category: やんぬるかな

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やんぬるかな56 

やんぬるかな56  工藤泰子
キャラメルの赤き帯封原爆忌   吉村明
前回の句である。被爆した沢山の子どもたちにキャラメルの帯封を切らせてやりたかった!キャラメルが特別だったころの時代も反映している。物と情報の溢れる今は、立ち止まって考えることも難しくなった。
さて、リオ・オリンピックが始まって夏の暑さが過熱している。水泳・柔道・体操・卓球・カヌー・テニス・バトミントンなどなどなんと快進撃!
 テニスは錦織圭くんの大ファンなので、絶対にライブ(生放送)と決めている。テレビ応援は深夜にスタンバイし、現地の都合によっては、夜明けまでということもある。銅メダルを決めた試合では、あと一息という所で追いつかれ、手に汗握る最終セットを闘う(応援も必死)ことになった。試合の“イフ”は勝ちさえすれば“ノープロブレム”となる。
日本では高校野球が、ヒートアイランドと化した甲子園で、熱戦を繰り広げている。
〈甲子園球場〉というと〈タイガース〉→〈酔虎〉→〈木割大雄(きわりだいゆう)〉→〈俳句〉?
木割大雄・句集「俺」より 著者略歴
昭和13年兵庫県西宮生れ。
昭和36年結核療養所にて俳句に遭遇。俳誌「閃光」「天狼」「青」を彷徨。
昭和37年「青」百号記念会の来賓・赤尾兜子(とうし)の講演を聞く。
昭和47年「渦」入会。赤尾兜子に師事。
昭和56年3月17日、赤尾兜子急死。翌年「渦」退会。
平成8年 個人誌「カバトまんだら通信」を始める。
 著書「酔虎俳句集」、「江夏豊の俳句」私家版、「南のくにに雪だるま」・・「信子のなにわよもやま」(桂信子の対話講座・・聞き役をつとめる)

木割大雄=「俺」を句集出版記念会の顔ぶれで探ろう。出席者名簿によると、俳人の宇多喜代子・茨木和生・大石悦子、仏教学者のひろさちや、ラジオパーソナリティの道上洋三、フォークシンガー紙ふうせんの後藤悦治郎、他にも書道家、華道家、落語関係、琉球舞踊研究家、近松応援団、木割組など、150人を超す多彩な人間模様である。
神戸新聞に句集出版と、その記念会のことが出ている。「阪神間を中心に広い人脈を持ち、数々の個性的な文化イベントを仕掛けてきた『下町のプロヂューサー』としての顏もある。・・・長年の阪神ファンで、スポーツ紙に13年間、タイガース俳句を連載していた。」「宇多さんは句集に寄せた文章で『亡び』を受け継ぐのが俳句の俳句たるところだろう!と書いた。タイガースの最下位も、アイヌも琉球も・・いわば『亡び』の側の命運を背負っている・・」「これが木割文学の本質!と見事に突いている。」
「私」と「俺」は20年くらい前に出合った?長門の“金子みすず俳句大会”の選者が、茨木和生、宇多喜代子、寺井谷子、赤松薫子、木割大雄先生のお歴々の時、運河の重鎮に交じって前泊して参加した時だ。山口県で俳句をしていた亡父は赤松先生と交流があったので、厚かましくも参加したのだ。電車の中でも、宿でも、行く先々で句会がある。恥はかき捨て、運河の大先輩にしごかれ、励まされたことは財産になった。「俺」と「その仲間」とは青海島を船で観光し、同じ風に吹かれた。その俳縁に感謝する。
また、地縁もある。「俺」は鳴尾高校OBで、息子と娘の母校の先輩にあたる。
句集「俺」(角川書店)はタイトルだけでなくカバーも技ありだ。豚の蚊取線香の口から、鉢巻の「俺」の顏写真が覗いている。カバーをめくると蔦に絡まる甲子園と「番傘の俺」の写真(平成14年)が渋い。 
註 平成20年、球場はリニューアルされた
もしも、これが豚の貯金箱だとすると?「俺」の絵にはならない。さあ蚊取り線香に火を点けよう。打ち上げ花火ではないから、ぐるぐる煙が出るだけ・・。人を煙に巻くことはできそうだ。裏カバーの俺様は「俺」と白抜きの法被の背中を見せて豚上に鎮座?されている・。勝手に詮索してみると、師、赤尾兜子の「渦」に巻きこまれた頃を懐かしみ「うずうずしたいから・・」大阪のおばちゃんの突っ込みとボケには迫れない。あくまで明るい「俺」だが、句集の中味は濃く、根本を鋭く突き心に深く届く。
【句集「俺」】
 鰯雲未知の明日へ退院す     「彷徨」
 つまみ食う海鼠の雌雄など知らず  「渦」
揖保川のわけても春の白驟雨    「兜子」
へてからもちゃうちゃうもある花見かな「下町」
わが窓のエッフェル塔や月満ちて「ヨーロッパ」
耳鳴りに非ずや火事の音おんおん「禱り」(震災)
安南の曲も琉歌も後の月      「琉球」
後悔のうねりに似たり秋の海    「隠岐」
がちゃがちゃや島の宴のそのあとに 「隠岐」

【カバトまんだら通信】 第三期2号 H22年
 蝉とゆくわが自転車の擦過音
 人を見る蜻蛉の目玉と麒麟の眼
 大漁のごとく遠泳の子ら戻る(鳴尾高校後輩たちに)
  ※鳴尾高校の恒例の合宿と遠泳・次男は下級生の指導に参加したことがある。
 鬼灯を真っ赤に男棲みにけり
  ※2014年に亡くなった藤本安騎生先生(俳人協会賞受賞)高見山の見える「深吉野」のログハウスは俳人の憧れの地
【カバトまんだら通信】 第四期1号 H28年
 螢火や師父より何も引き継がず
 初盆やマッチ一本擦り減らし
 一日に長短ありぬ百日紅

“木割大雄”をキャッチコピーすると、
きらり☆阪神なひと  志はメジャーやねん
坂口裕彦(毎日新聞・外信部)

木割大雄はナンギなおっさんである―跋文に代えて
       時岡禎一郎(元毎日新聞阪神支局長)

真っ赤な表紙の「カバトまんだら通信4-1」の「こんにちは」を読んでみよう。
この「通信」は完成しないジグソーパズルのようなものです。・・・私の自由気ままなひとり言です。

さて、オリンピックも、中盤にさしかかり、甲子園球場では、白球のドラマが繰り広げられている。今年の金本阪神はどうなるだろう。星野阪神が優勝した時のメンバーのTシャツを後生大事に持っている。赤星、今岡、桧山・・スタンドでメガホンを叩いた日もあった。
「スポーツニッポン新聞(大阪版)タイガース俳句
 「虎酔俳句集」より  昭和63年刊 
 投げる打つ守る走れる風光る
豆飯や悪報軽く聞き流す
 盆の月敗戦打者を照らしけり
残されし夢呼ぶ九月のホームラン
秋の蚊を打つは未練の掛布かな
灯ともして川藤情話に古酒少し
 
酔虎と言っても名句ばかり・・阪神の心情を包んでくれて、ファンも酔虎になれる。
一月に「運河創刊60周年・750号記念祝賀会」で、木割先生にお会いした。岡山からは、杉本征之進・高木幸子等も出席して、談笑のチャンスを得た。
甲子園と蚊取り線香・・揃うと「俺」を思い出す。
敗戦の数ほど咲きし彼岸花
祝杯の酒は選ばず寝待月

野球を離れて成立する句だ。
            やんぬるかな!

Posted on 2016/08/23 Tue. 11:02 [edit]

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やんぬるかな55 

やんぬるかな55  工藤泰子
生死事大蓮は開いて仕舞けり   夏目漱石
「近代文学を確立した明治の文豪」夏目漱石の正岡子規との出会いは、第一高等中学校であった。子規の「七艸集(ななくさ)」評に漱石の署名がある。  
33歳の時、高浜虚子の勧めで、「吾輩は猫である」を「ホトトギス」に連載、作家的出発をする。
39歳には
「木曜会(漱石山房)」がスタート、門下には寺田寅彦・久米正雄・芥川龍之介などがいた。「坊つちゃん」「草枕」はその頃の作品だ。朝日新聞社に入社後は「虞美人草」を連載、本格的作家スタートとなる。「三四郎」「それから」「門」は前期三部作と呼ばれる。
43歳の時、大患(胃潰瘍で大吐血)を経験し、後期三部作「彼岸過迄」「行人(こうじん)」「こころ」を著した。則天去私の境地を目指すも49歳で死去、「明暗」は未完となった。
いまごろは、上野の不忍池に、蓮が咲いているだろう。物語の生死と現実の生死・・仕舞けりの下五に苦悩も見て取れる。
 その漱石を語るには、その名前【漱石】を理解しなければならない。本名は金之助、生後まもなく里子に出され、また別の家の養子になるなど不遇だった。本来なら、“漱流枕石”「石に枕、流れに口を漱ぐ!」と言うところを、“漱石枕流”と間違って言ったのを、「流れを枕とするのは耳を洗うためさ。石でうがいをするのは歯を磨くためさ!」と開き直り、負け惜しみをした中国の故事に因んでいる。
もう一つ掘り下げると【伝説の聖人許(きょ)由(ゆう)が堯(ぎょう)帝から天下を譲られようとした時、「汚らわしいことを聞いた」と、潁(えい)水(すい)の畔におもむき、流れで自分の耳を漱いだ】【世俗的な栄達を避けること】なのだそうだ。

デビュー作「吾輩は猫である」の苦沙弥先生(漱石)の猫(吾輩)の負け惜しみも半端ではない。自分の境遇と同じ?“捨て猫=吾輩”に語らせる人間世界のあり様は風刺が効いた小気味よい文章だ。
《吾輩は猫であるけれど、エピクテタスを読んで机の上に叩きつける位な学者の家に寄寓する猫で、世間一般の癡猫、愚猫とは少しく撰を殊にして居る。此の冒険を敢えてする位の義侠心は固より尻尾の先に畳込んである。》《猫賢うして鼠損ふと云う格言はまだ無い》・・・
この小説は人気を博し、病床の子規を喜ばした。英国留学中の漱石は神経衰弱ぎみで”猫“の続きを書けなかった。後に書いた中巻(明治38年9月)の「序」に子規の手紙と、追悼句を挙げている。
《僕ノ目ノ明イテル内ニ今一便ヨコシテクレヌカ。・・実ハ僕ハ生キテヰルノガ苦シイノダ(子規)》
長けれど何の糸瓜とさがりけり  漱石
どっしりと尻を据ゑたる南瓜かな 〃

猫“と共に併せて地下に捧げる。
この俳句は、子規の絶筆三句に、呼応している。
   痰一斗糸瓜の水も間にあはず   子規 
            
 さて5月27日、広島にオバマ米大統領>が訪れた。平和記念公園で献花をし、被爆者代表に会った。その演説と様子は全世界に発進された。翌日の新聞には演説の全文が英語と日本語で掲載された。(一部を)
 『8月6日の記憶は消えてはならない』
「キノコ雲に人類の矛盾」
 
71年前のよく晴れた雲のない朝、空から死が降ってきて世界は変わった。閃光と火の壁が町を破壊し、人類が自らを滅ぼす手段を手にしたことを示した。
 我々はなぜ広島を訪れるのか。それほど遠くない過去に解き放たれた、恐ろしい力について思いを致すためだ。・中略・・。広島と長崎で残虐な終わりを迎えた世界大戦は、最も豊かで強大な国の間で起きた。彼らの文明は世界に偉大な都市、素晴らしい芸術をもたらしてきた。思想家は正義と調和、真実という概念を発展させてきた。しかし戦争は初期の部族間であった支配や征服と同じような本能から生まれてきた。新たな能力が、支配欲や征服欲が争いを呼ぶという古くからの構造を増幅させた。・中略・・世界各地には勇敢で英雄的な行動を伝える記念碑や、言葉には言い表せないような邪悪な出来事を反映する墓や空っぽの収容所など、戦争を記録する場所が数多く存在している。
 しかし、この空に上がったキノコ雲の姿は、人類が持つ矛盾を強く思い起させる。我々を人類たらしめる思考、想像力、言語、道具を作る能力、我々を自然と区別し、自然を自らの意志に従わせる能力は、大きな破壊的な力も生み出した。
「広島は真実を告げている」(略)
「恐怖の理論から逃れよ」(略)
「我々が選びうる未來」
 
私の国の物語はシンプルな言葉で始まる。「すべての人は平等で、神によって生命や自由に加え、幸福を追求する譲歩不可能な権利を与えられている。」・・・この物語を実現することは、努力に値する。それは努力して、世界中に広められるべき理想の物語だ。我々全員は、すべての人間が持つ豊かな価値やあらゆる生命が貴重であるという主張、我々が人類という一つの家族の一員だという、極端だが必要な観念を語っていかなければならない。・・・ここ広島で、世界は永遠に姿を変えてしまった。しかし今日、この町の子どもたちは平和の中に生きている。なんと貴重なことか。それは守られるべきことで、世界中の子どもたちが同じ平和に過ごせるようになるべきだ。それが我々は選びうる未來だ。・・・・広島と長崎は、核戦争の夜明けとしてではなく、我々の道義的な目覚めの始まりとして記憶されるだろう。

             
 テレビ中継でドームを見上げるオバマさんを見た時、次の句が浮かんだ。
薫風の今吹き抜けるドームかな  工藤泰子 
俳句は「今」を詠む文芸なので、普通は「今」は使わない。それを承知で、「今」を入れたのには、七〇年の思いがあるからだ。青葉を吹きわたる風が、スケルトン(骨組み)だけになったドームを抜けて行く。千の風なのか・・・と感傷的になった
 さて72回目の原爆忌が来る。
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ 金子兜太
立ち上がる直射日光被爆者忌     三橋敏雄
ひろしま忌一基の墓を母校とす    赤松蕙子
原爆忌路面電車のゆらめき来     西村和子
その未明焼かれし我が家原爆忌   稲畑汀子
子を抱いて川に泳ぐや原爆忌    林徹
雀しきりに砂を浴び原爆忌      鷹羽狩行
手がありて鉄棒つかむ原爆忌    奥坂まや
広島忌振るべき塩を探しをり     櫂未知子
長崎忌近き夕べは羽蟻満つ     有馬朗人
原爆の日の洗面に顔浸けて     平畑静塔
 
原爆忌の句をいくつか挙げてみた。なんでもないように見える次の句が、心に響いた。
キャラメルの赤き帯封原爆忌  吉村明
清水哲夫さんの評に、「作者は、原爆で亡くなった無数の子供たちを追悼しているのだ。キャラメル一つ口にできないまま死んでいった彼らに、せめてこの「赤き帯封」を切らせてやりたかった、と。」
もうすぐオリンピックが始まる。平和の祭典となってほしいものだ。
          やんぬるかな!

Posted on 2016/07/28 Thu. 06:29 [edit]

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やんぬるかな54 

やんぬるかな54  工藤泰子
 栞たるハーブの匂ふ曝書かな  小畑晴子
前回は小畑晴子さんの句集「白帝城」の句を紹介した。彼女は全国の俳句大会上位入賞の常連だが、この度の関西大会で朝日新聞社賞を頂かれたそうだ。俳人協会の新聞「俳句文学館」で紹介されるだろう。第五句集「蛍火」も準備中だそうだ。
もう少し、晴子ワールドを覗いてみよう。
野外劇見る草虱つけしまま    晴子
前回と同様、他誌の評を参考に読み深めたい。望月周氏(角川賞受賞)の評の一部からも、その秘密が伺えた。「一見取るに足らないような、現実の一隅で起こった出来事。しかしその一隅を的確に描き出すことによって、残りの世界全てを描いたにも等しい充実感が、一句にもたらされた。人が見落した景をひょいと詩にする写生」「この作者の写実的な句にも、心の投影がある。この作者の美質であろう」と見事に・・・。
朝弥撒に船虫の這ふ道を来し   晴子 
ところで、今の季節にぴったりの句で、酒好きにはたまらない句がある。
  桜桃忌紅きカクテル干しにけり  〃
 桜桃忌は、小説家太宰治の忌日(6月13日)で、桜桃はさくらんぼ!美人や美人の唇のたとえでもある。カクテルは、ウイスキー・ブランデー・ジン・ウオッカなどをベースに、果汁・香料などを混ぜた飲み物だ。紅いカクテルは、さくらんぼジュースの色だけでなく、太宰の愛憎の色でもあり、無頼派、破滅型と言われる生き方を象徴しているのだ。ベストセラー「斜陽」、その後「人間失格」を発表するも、「グッドバイ」執筆中に玉川上水で山崎富栄と入水自殺をしたこと・・を踏まえて鑑賞したい。カクテルを飲み干す・・干しにけり・・決着をつける助動詞「けり」が潔い。きりりとした、飲みっぷりが好きだ。
いつだったか、運河の吟行会の時、博識で行動の人!晴子さんから「早起きして『象鼻杯』へ行ったのよ!」と聞いて、象の鼻?と驚いたことがある。
大阪の「万博記念公園」の「はす池」では、「早朝観蓮会」と早朝6時開園をしていて、イベントとして「象鼻杯(ぞうびはい)」が振る舞われているらしい。
象鼻杯(象鼻盃、ぞうびはい)とは、ハスを茎の途中で切り落とし、その葉に 酒を注ぎ反対側の茎の切り口から飲むものである。葉を掲げて茎をストローのようにして飲むので、〈象が鼻で飲むことに見立て〉象鼻杯と呼ばれる。これを飲むと長生きが出来るそうで、古代中国で始まったようだ。
エジプトやインドなど他の国でも、蓮は宗教、文明に深く関わっている。
現代の日本も、蓮をモチーフにしたものに、囲まれている。仏像や菩薩像は、蓮台(れんだい)に座っておられるし、蓮の池は極楽浄土のイメージだ。本堂にはたいがい金箔の常花(じょうか)が、耀いている。
たまたま吉野の金峯山寺「蓮華会・蛙飛び行事に行ったことがある。七月七日、役行者(修験道の開祖)縁の弁天池の清浄な蓮の華を、蔵王権現に供える法要で、合わせて「蛙飛び行事」が行われる。修験者を軽んじ蛙にされた人が読経の功徳で、もとの姿に戻るというお話だ!粛々と蓮の華の行列が通るのも意味あることだったと、今にして思う。
仏教以前の古代のインドの神話に、「ヴイシュヌ神のへそから生じた蓮華の上に梵天(ぼんてん)が座して宇宙のもととなった」があり、蓮はそれ以来「蓮華座(れんけざ)」=仏像の座布団になったそうだ。
仏教では、池・沼などの泥の中から茎を伸ばし大きくきれいに咲く蓮の花を、つらいことや苦しいことばかりに見えるこの末法の世の中にあらわれた仏の悟り・慈悲に譬えている。特に葉っぱは、泥の中であっても、撥水効果で汚れないことから「煩悩に満ちた世の中を清浄に保つもの」の象徴とされてきた。
【蓮浮葉】の句を探してみた
蓮の葉や波定まりて二三枚     村上鬼城
夕闇に浮いて定かや蓮一葉     富安風生
くつがへる蓮の葉水を打ちすくひ 松本たかし
雨の輪のふえくる蓮の浮葉かな 久保田万太郎
一面に蓮の浮葉の景色かな    高浜虚子
蓮浮葉失ふものもなく満ちし   中村汀女

インドの国花は蓮で、エジプトの国花は睡蓮である。蓮と同様に、睡蓮(ロータス)も泥の中(混沌とした世界)から、水を押し上り空へと出現する!これを「太陽神ラーの誕生」と見立てているのだ。エジプト文様に使われているロータスの花は、若さやみずみずしさを象徴するもので、夕方に死んで地下世界で復活を待つ太陽神に活力を与える存在として再生・復活の象徴でもあった。王冠に似た花の形から王位をあらわすとも考えられた。神秘的な世界観を象徴する花なのだ。
さて、昭和26年、日本で最古の蓮=古代蓮が発見された。ハスの権威者・大賀博士は、千葉市の東京大学農学部検見川厚生農場で、古い地層から発見されたハス3粒のうちの一粒の開花に成功した。ハスの実、丸木舟の一部などをシカゴ大学へ送って年代分析・鑑定を依頼したところ、弥生時代(約2000年前)のものであることが判明した。それが「大賀蓮」である。
三日なほ雨に矜恃の古代蓮   能村研三
浅口市に偉大な漢詩人 "阿藤伯海"の生家を修復した「阿藤伯海旧居」があり、吉備真備を顕彰した絶筆の詩碑がある。その公園に大賀蓮の池がある。
先般訪れたときには、まだ蕾もなく、蓮の大きな葉に水滴が留まっているのを見ただけだが、その水滴の大きさもさすがは大賀蓮だと感心した。
蓮の葉っぱの表面が水をはじくことを、ロータス効果(ハス効果)という。泥水の中でも穢れないのは、葉っぱの表面には、ワックスのような物質でできた無数の突起があり、水が表面に広がらず、水滴のまま葉っぱの上を滑り落ちるからだからそうだ。このアイディアは、コーティング、撥水に応用されている。
 岡山後楽園の「花葉の池」には「一天四海(通称大名ハス)」と呼ばれる白い蓮がある。その意味は《天の下と四方の海の意から》全世界!天下!を表している。七月の満開の頃に池を渡る橋から花を見下ろせば、天下を取ったような気になれるかもしれない。
雨の矢に蓮を射る蘆戦へり      芭蕉
鯉鮒のこの世の池や蓮の花      許六
蓮の香や水をはなるる茎二寸     蕪村
一弁はわれへめくれて白蓮     鷹羽狩行
白蓮の夢よりすこし遠くかな    山田六甲
蓮の花見飽きし鯉の沈みけり    大串章
蓮花の名残りの岸も朝の雨     小澤克己

古代文明や歴史を踏まえて蓮を見ていると俳句の中味も違って読めそうだ。
生死事大蓮は開いて仕舞けり   夏目漱石
最近、夏目漱石が読みなおされている。文豪俳句は、小説のように複雑だ。さてその「こころ」は?
          やんぬるかな!


Posted on 2016/06/25 Sat. 09:50 [edit]

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