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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな64 

やんぬるかな64  工藤泰子

  一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己
嬰生まるはるか銀河の端蹴つて   〃  
 前回の“一歩”の句の小澤克己さん(「遠嶺」創刊・主宰)は、七年前四月、胃癌で六〇歳で亡くなっている。宇宙との一体感、人と自然を一体として見る「情景主義」を提唱、句集には、「青鷹」「爽樹」「オリオン」「風舟」、評論に「新艶の美学」等がある。
右脳より左脳へ桜吹雪かな    小澤克己
身体を言葉で計測する試みもした作者だが、さて桜は、どこへ吹雪いたのだろう。
たしかなことは判らないが、「右脳」は「イメージ脳」=アナログ、「左脳」は「言語脳」=デジタルと言われている。だから、右脳で、感じたことが、左脳で、言語化してゆくのだろか?桜吹雪の最中にいて、刻々と言葉を得て行く恍惚感を感じたのだが・・
風が噂ひろげしほどの芽吹山   小澤克己
西行の目をもつて入る木の芽山   〃

前掲の芽吹山の句では、風が噂ひろげし!のユニークな発想が、進行形の芽吹きを見せてくれる。西行の「目」と木の「芽」の対応により、西行の桜にまで、視点が広がるようだ。
鴨引きし湖あたらしき空を負ふ  小澤克己
夏霧をはらひ六十路の舟を出す   〃
静かに舟を出してゆく。「出す」という自発的な意思もありながら・・亡くなってしまう。「舟」という言葉に希望を込めたのではなかったのか。
小澤氏は1977年、「沖」に入会し能村登四郎、林翔に師事。1980年「沖」同人となる。今、俳句界で活躍する俳人の多くは、「ホトトギス」の高浜虚子、「馬酔木」の水原秋櫻子、「天狼」の山口誓子の流れを汲んでいる。それ以降では、現代俳句に人材を送り出したのは、加藤楸邨の「寒雷」と、この「沖」ではないだろうか。山脈と水脈の系譜は次の様だ。
「寒雷山脈」=青柳志解樹・石寒太・今井聖・金子兜太・澤木欣一・中村正幸・森澄雄・矢島渚男・・・
「沖水脈」=林 翔・福永耕二・鈴木鷹夫・今瀬剛一・大牧 広・吉田汀史・中原道夫・小澤克己・正木浩一・正木ゆう子・・・・
 
さて、話を身近に戻そう。3月18日に岡山県俳人協会総会が開催された。遥照には現代俳句協会の人もいるので当日句会のことを少し紹介しよう。不肖私も、昨年に続き、司会者を仰せつかったので、夏井いつき先生をもじり、“春野たんぽぽ!”と名乗り、盛り上げを図った?いつき組の黒岩徳将君が「ももももももも句会」の若者5人と参加してくれたこともあり、いささか悪乗りしてしまった。「も」の字が7つ?早口言葉みたいな「もも・・句会」の活動とは?
【青春を俳句に懸ける!】このキャッチフレーズどおりの若者たちは、俳句甲子園の勇者たちである。今回、黒岩君は、自身が執筆した「俳句甲子園をふりかえる」【俳誌要覧(2017年度)】の本を手に、「もも・・句会」には、他県からの参加もあり、活発に交流、活動する様子が報告され、会場は大いに盛り上がった。 
さて当日、168句(84人)の中に彼等の句も交じり、活発な句会となったのは、間違いない。では、
注目句、関係者(遥照)の句と彼等の句を見よう。      
シーソーの一人抜け出す蝶の昼  島村博子
さへずりや散らかりやすき文机  松尾佳子
胎動はしづかに強し玉椿     畑  毅
待つといふ豊かな時間春の雲   武田佐自子
閉校や囀の空残すのみ      綾野静恵
啓蟄や地下路線図の込み合ひて  佐藤文男
粋の字の印半纏初つばめ     大倉祥男
木の芽風村の小字を名乗る橋   森脇八重
うららかに羽全開の鳶の笛    安藤加代
鳥の水脈扇状となる春の池    久戸瀬孝子
古井戸のポンプぱふぱふ猫柳   工藤泰子
      〈もも・・句会〉
火焔土器よりてふてふの骸かな  黒岩徳将
黒々と城のうつれる石鹸玉    竹中佑斗
国はなほ桜を愛しつづけたる   瀬崎雄太
クローバを飾るあたらしい生活  大原里梨歌

今年、第20回全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)は8月18・19・20日に開催される。
昨年、岡山の就実高校はベスト6の快挙で、団体奨励賞を受賞したそうだ。坂口くんは個人賞に輝いた。
鉄琴の全音天の川に足す     坂口渚 
テレビで、俳句甲子園の戦いを見ることができる。たまたまスイッチを入れた時、岡山俳人協会幹事の畑毅さんと古川明さんが審査員をされていた。会場は、松山の繁華街、大街道で、そのアーケードの天井から大垂幕に書かれた両チームの俳句が掲げられる!創作力(10点満点)と作品の鑑賞力(3点満点)を5人の審査員が採点し、旗を上げて勝敗を決する。最後までハラハラ・・運動会の綱引きの様で実に面白い・・。
地方予選は6月11日に岡山県立図書館ホールで開かれるので、ぜひ応援に来てほしいそうだ。
彼等はどんな風に俳句を作っているのだろう。
巻末に落書きのある春休     竹中佑斗
燕来るポニーテールのゴムは切れ 大原里梨歌
高架下ノイズの中に初蝶来    坂口渚
太陽に公転しゃぼん玉生まる   瀬崎雄太

これらの自由な発想は右脳で解釈する必要がある。
鯛焼の頭を見せて入場す     黒岩徳将
鯛焼(冬の季語)が「頭を見せて」〈中七〉に、重大な意味があるのだろう。「頭」から「尻尾」まで「餡子」が入っている鯛焼きなのか?残念な鯛焼なのか?そもそも「餡子」なのかどうか?句意は深いのかもしれない。
土砂降りの街を漂う海月かな   岡崎真紀
真紀さんは、どのような街を詠んだのだろう。海月のイメージは宇宙船の様だ。右脳と左脳の両方を稼働させて、俳句の海原を漂ってみようか。   
やんぬるかな!

Posted on 2017/04/27 Thu. 17:14 [edit]

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27

やんぬるかな63 

やんぬるかな63  工藤泰子
前回は「ことばの翼・詩歌句年鑑」の谷口氏の五句から、二句を紹介して終わった。一つは、昨年の角川俳句賞予選通過の「西ようず」の句。「ようず」は春先に吹く季節風のことである。
「春宵」の句の意味は量りしれないが、とりあえず健次との接点から探ってみよう。
海底は沈木の森西ようず     谷口智行
春宵の水甕健次の量(かさ)と思ふ  〃
 

「健次」とは、戦後生まれ初の芥川賞作家(46歳の若さで夭折)中上健次のことだ。受賞作「岬」の他「枯木灘」「地の果て至上の時」「熊野集」等がある。辞書を引くと「紀州熊野の風土や地縁血縁関係を描き、民族・物語・差別の問題を追及・・・とある。
 そもそも一回りも年齢が違う健次と智行(以下敬称略)の出会いは?熊野大学(健次が呼びかけて茨木和生、宇多喜代子氏が参加!・智行が俳句を始めるきっかけになる)までのことは、智行の「歌びとたちに描かれた熊野!『熊野、魂の系譜』(2014年)」の「中上健次論」に詳しい。
※筆者(智行)が語れることは、自身が新宮の春日地区と道一本隔てた伊佐田地区に育ち、幼い頃から此処と其処を行き来し、ごく自然にこの町に親しんだという点に尽きる。・・・新宮高校への自転車通学の際にも必ずこの踏切と健次の名づけた三叉路「天地の辻」を通った。※これらが原風景となった。
彼が「運河」編集長に就任した年のキャンプは勝浦で開催された。ホテルからは遠く那智の滝も見えるロケーションだ。吟行の途中「シーサイド北浜」と言う古ぼけたマンションを訪れた。そこの307号室こそ、健次の嘗ての仕事部屋であった(表札も残されている)。信じがたいことに、その真下の207号室を彼の父上が所有されていた時期があり、階段で健次とすれ違ったこともあったそうだ。
2010年に「『日の乱舞 物語の闇』熊野を詠むを出版したとき、なんと中上健次の自筆の題箋が表紙になった。墨痕の盛上がった書そのままの力強い装丁だ。この色紙は茨木先生から「テーマにせよ!」と渡されたものだった。本の帯文には「熊野二千年の光と闇を直視する先に熊野に生きる人々の素朴なる哀歓のつぶやきが聞こえる」とある。健次のメーセージを受け継ぐ運命?地縁だったのか!
 前出の俳句、【健次の量(かさ)】については、『魂の系譜』の中から「列伝それぞれの熊野」の中村苑子の文を引用して、その水の考察とする。「死と再生」の舞台”熊野”に相応しい!と思ったからだ。
【・・(佐渡のお寺の)遺骨を東京のお墓に移そうと
掘っていただいたんです。そうしましてね、蓋を開けてみると骨がございませんのよ。びっくりしましてね、そこで住職の顏を見上げましたら、何気ない顔で「月日が経てば水になります」とおっしゃるんですね。・・・無常感というか、人間って侘しいものだと思いましてね・・・考えてみると人間って結局水で出来ているわけでございましょ。】
  桃の世へ洞窟(ほこら)を出でて水奔る 中村苑子      
      ※※※
 さて、今年の角川俳句大賞は、松野苑子さんに決まった。現代的で素直に好きな句だ。
    「遠き船」  松野苑子
春の日や歩きて遠き船を抜く
帽子屋に汽笛の届く春の暮
春愁の旗立つやうにフラミンゴ
出目金のいつもどきどきしてをりぬ
断層の上に国あり昼寝覚
瘡蓋がシリアの形熱帯夜 

今回も谷口智行氏は「薬喰」「西ようず」に続き予選通過を果たした。彼の句に流れている地下水脈はとてつもなく深く、重く?容易には理解できない。表題の「森よ、」の呼びかけには、立ち止まらなければいけないメッセージも感じた。著書の中に『森を歩けば』「慕わしや、森」「嗚呼、森よ」と言う文章を見つけた。「ヽ」へのこだわりにも留意する必要を感じたい。
「人は百年、木は千年、石は万年」と言われる中、百年しか生きない人間が、しかもここ三十年から五十年の間にとんでもないことをやらかしてしまった」と・・
    「森よ、」   谷口智行
かつて火は鑚り出せしもの福沸  
峠灼く行路病者の霊寄りて
卒塔婆の倒れつぐかに山の霧の
色鳥や土中につづく巨樹の洞
地芝居に山の翁の来てゐたり

重畳と冥府つらねて雪の嶺々
     
           ※※※
彼が「運河」に寄稿した『青考』に、奈良の枕詞「青丹よし」のことが書かれている。古代中国では青は天を、赤は地を表したことより、日本の天地を治める都を讃えての言葉だそうだ。「青」の字は「生」と「丹」の二字を合成したものである。「生」は大地より草木が生える形で、「丹」は「丼」つまり井桁の中央に「ヽ」を加えた形であるからだ。井桁とは土を掘る時の枠で、中の「ヽ」は堀り出された石、殊に染料(色料)となす石を指す。一般に「丹」は赤色と思われがちであるが、本来は赤に限るものではなかった。 
   復元の朱雀門より青き踏む    長谷川翠
 さあ、一歩踏み出し、春を探しに出かけよう。
   青き踏む感電防止靴のまま    箭内 忍
   カメラ構えて彼は菫を踏んでいる 池田澄子
   「ひと」と呼ぶ動物出でて青き踏む 金子兜太
   ジーパンに詰め込む肢体青き踏む 能村登四郎
   青き踏むこころに干潟見てゐたり  岡本眸
   青き踏むまさかの人に誘はれて  山尾玉藻
   修了のなき晩学へ青き踏む   白神知恵子
 
前人未到の地ではないが、一歩づつ前進しよう! 
一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己              
       やんぬるかな!

Posted on 2017/03/23 Thu. 08:55 [edit]

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23

やんぬるかな62 

やんぬるかな62  工藤泰子
 前回は、何が透けて見えるかと、次の句を紹介して終わった。
春寒し蛸せんべいに蛸透けて  涼野海音
涼野海音さんとは、浅口、倉敷、岡山の大会などで、よくお目にかかるが、なんと四国の高松にお住みである。その彼が、総合俳句誌「俳壇」の一月号に、「新・若手トップランナー①」としてそのトップに登場した。
プロフィール;1981年生まれ「火星」・「晨」同人、句集「一番線」、合同句集「関西なう」
第4回星野立子新人賞賞受賞等・・
本の記事は一ページ目には大きな写真やアンケートがある。〈参考までに〉好きな季語「雲の峰」、好きな食べ物「うどん」、影響された俳人「高野素十」、生れかわったら、なりたいものは「カモメ」・・次ページから、俳句、自身の文章「自得の文芸」が続き、評論の「涼野海音作家論」と七ページにも亘る。まず作品は、
   「晴れ男」
ペンの音より流星の音しづか
球場は森の明るさ鳥渡る
晴れ男きて蓮の実の飛びにけり
白菊の影わが影に重なれる
登高や亡き人の句をつぶやいて
夜の海へ傾いてゐる案山子かな
地図ほどの日向に木の実落ちにけり
開きたる手紙あたたか黄落期
丸善の入口に秋惜しみけり
枯菊を焚く湖のしづけさに
 
この中に浅口市俳句大会(十月)に参加された時の句「晴れ男きて・・」がある。表題にもなっているとは、嬉しいかぎりだ。その場所を知っている我らとすれば、晴れの国・岡山のシンボル天文台を遥かに仰ぎ、蓮の実の飛ぶ音を聞いている作者の視線に心を通わすことができる。それは宇宙へ飛び出す瞬間かと・・。
もう一つ、「球場は・・」の句は、岡山県俳人協会の護国神社吟行の時の句だ。たしか前会長の大倉祥男さんの選に入った記憶がある。護国神社の深い森の入口近く、球場では子供の野球チームの元気な声が聞こえる。明るさ!と簡単に言ってのけた様だが、深読みが出来る要素は盛り込まれている。
 さて、「自得の文芸」から“海音俳句”の秘密を探ってみよう。
 【私が初学の頃から実践していることは、毎日、俳句を詠む(あわせて他者の句を読む)、季語の現場に立つ、そして自分に正直に詠むことである。・中略・・
 そして季語の現場に頻繁に立っていると、安易に季語を変えて句を作り上げようという気持が、不思議にほとんど起こらない。】
 【読者や結社の傾向におもねるようなことは、今まで一度もなかった。師友の意見をヒントに、自ら徹底して考えることが、俳句を自得する上で大事ではないだろうか。・・・ここ十数年を振り返ってみると「俳句は自得の文芸」という言葉が、とても身に沁みる。
 今は失敗を恐れず、堂々とわが道を行くのみ。私のような凡人には、凡人なりの行き方がある。それが私の俳句である。】
 順番は後先になったが、俳句の魅力については、
【俳句の魅力は、シンプルさと奥深さ。この二つを体現しているのが、高野素十の句である。大学卒業後に入学した、通信制大学および通信制大学院で、四年ほど素十を研究した。左の句は「見たまま写生のような句だが、その奥にあるものを、今も追っている。
方丈の大庇より春の蝶  高野素十「初鴉」
ひつぱれる絲まつすぐや甲蟲
まつすぐの道に出でけり秋の暮】
 見たまま写生・・その奥のもの・・さてさてとても手ごわい。
鑑賞は谷口智行氏の「涼野海音作家論・『潜まされた利器』」の文章に委ねたい。
 長文なので、イントロとエピローグだけ・・キセル状態で、お許し願いたい。
    ※(イントロ)
  海の日の一番線に待ちゐたる   『一番線』
 句集『一番線』のタイトルとなった作品。想起する景として何処の「一番線」でもよいのだろうが、「海の日」に因み、潮の香りを匂わす駅の一番線を思い描いた。
この国に住む僕たちの心には、海の向こうからやって来る者(物)への期待と畏れ、信仰のような感情がある。この「一番線」は単なる歩廊の一つではなく、現世と他界の接点であり、その境界となる渚のような場所と見ることもできる。氏が「待ちゐたる」のは、他界から現世に帰り来る祖霊、遥かなる魂だったのかも知れない。掲句、彼岸的静謐に満ちた作品とも読める。
    ※(エピローグ)
春寒し蛸せんべいに蛸透けて   『一番線』
立春が過ぎ、春も深まって来たある日の居室。「蛸せんべい」の中に圧し延べられた蛸が透けて見えると詠む。窓から差し込む日差しは春なのにまだまだ寒い。そんな日の小さな発見。さて、鑑賞の余地は大いに残された。
作者の思念はけじめの付かぬほど「蛸化」されている。もはや対象としての蛸ではなく、まぼろしの女体のごとき蛸だ。思念は蛸を冒し、神をも恐れぬ狂気を以て交わる。これを敢えて幻想と呼ぶなら、幻想こそが実在と言える。蛸の透けた煎餅を見つめるという現実はすでに仮のもの、仮の世界で揺らめくともしびのようなものである。春光のほとりに移りつつ消えゆく心のまぼろし。孤独の凄まじさ。
  誰もゐぬベッドの上の蛍籠
(「俳句」二〇一六年九月号「短夜」)
  めとりたき人にどんぐり拾ひけり
(星野立子新人賞作品「手毬つく」)
  終点の灯に鬼の子の揺れやまず
(「俳句界」二〇一六年十一月号「父の机」)
 身近な生活的イメージの定着のさせ方が絶妙である。孤独こそが自己を成熟させる糧だと言わんばかりだ。しかも陰鬱な雰囲気がなく、読み手の心にぽっと灯を点す。淡々と感情を抑制することから来る倹しき日常への信頼、そこから生じる光。反骨の念など見せずとも、明日に向かう熱を存分に孕んだ若き俳人の光と言えよう。
 畢竟、涼野氏は抒情詩人である。そして抒情を知性によって抑制し凝縮して表現する。構えず、去なさず、突っ張らず、厚化粧せず、ひたすら「季語を通して」自己と向き合う。また自身の優しさ(テンダーネス)や羞恥心(シャイネス)を読み手に感じ取らせない。氏の言葉を借りれば、まさに「堂々と」、作品の中に自己を流露させている。さまざまな利器を潜ませた一種革命的と思われる氏の作品世界に心惹かれる所以である。
      ※
 俳句のみならず、エッセイ・俳論など、マルチな才能のドクター谷口の海音論は異次元の世界を覗かせてくれた。今年度の「ことばの翼「詩歌句年鑑」から、二句を紹介すれば謎は深まるばかりだが・・
  海底は沈木の森西ようず     谷口智行
  春宵の水甕健次の量(かさ)と思ふ  〃
 蛇足だが、昨年の運河俳句賞では、谷口編集長の二席を頂いた。身近なところにも俳句の種は落ちているものだな~~あ!     やんぬるかな!
  第23回運河俳句賞
   谷口智行選 第二席
    「八千草」  工藤泰子
きちきちの草叢の基地跳びだせり
古瓦積まれしまんま草の花
てつぺんに穂の付く木賊折りにけり
八千草に八百万の神おはします
青空へ継ぎ足してゆく蜘蛛の糸


Posted on 2017/02/27 Mon. 16:04 [edit]

category: やんぬるかな

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やんぬるかな61 

やんぬるかな61  工藤泰子

前回は、遥照の元会員、内藤吐詩朗さんの宝船の句を紹介した。
  寝返りにゆらぐ敷き寝の宝船 内藤吐詩朗
寝返りぐらいの揺らぎなら、七福神の乗った宝船も、にぎにぎと目出度く船出をしたことだろう。この句は届いたばかりの句集「風の友」から抽出した。
さて「風の友」には、どんな思いが込められているのだろう。早速、「風」を辞書で引いてみた。
①空気の動き。一般に高い方から引く方に向かう水平方向の空気の流れを言う。
②人に対する社会全体の態度。
③ならわし。しきたり。風習。
 内藤さんの俳句を鑑賞するには、その経歴も少し探っておきたい。第一句集「野風増」(平成二三年発行)のあとがきを参照した。
五一歳、大阪茨木市の「南風俳句会」に参加、その後、五九歳でアメリカに転勤されるが、投句は続けておられたとのことだ。六九歳で、生まれ故郷の総社市に転居、「吉備路句会」の発展に貢献され、現在は引退、「吉備野」に投句されている。
俳名「吐詩朗」は、岡山弁で、「ずぶの素人」のことを「とーしろー」というのに因んで、若い頃名乗られ、今日に至っている。詩を吐くように作るとは、まるで子規のホトトギスの様だ。お洒落でウイットに富んだ俳句が生みだされる背景には、こんな風土があった。
「野風増」というと川島英五の歌が思い出されるが、「♪いいか男は生意気ぐらいが丁度いい・・
野風増!男は夢を持て・・・♪・」
風狂と言えば、山頭火も風の人だ。
  けふもいちにち風をあるいてきた 種田山頭火
風狂、風雅、風流とかの「風」も気になる。
「詩経」の六義(「賦・比・興・風・雅・頌」)の一つに「風」がある。風が、物を動かすように、人を感化するところから、民謡は、「風」と呼ばれる。風を容れる器は風貌?の「風(ふう)」だ。好き勝手に田野をわたる風!野風道(のふんどう)のやんちゃな風も、だんだん風格が備わってくる次第である。
  鉄棒にいどむ子のへそ風光る  吐詩朗(野風増)
  枯蓮の百態の風匂ひけり       〃
  山しづか猟犬の耳ぴくりとす     〃
 これらの、反骨と観察の行き届いた句柄は魅力的だ。
いよいよ「風の友」の風を探ろう。ここにも、風光る!の句がある。風光る!この季語には、希望がある。ヘソにもうなじにも、未来がある。
おくれ毛の車掌のうなじ風光る 吐詩朗(風の友)
  飛花落花風に戸惑ひ狂ひけり   以下同じ
 風に戸惑うのは、桜の花びらだけではない。風に寄せる思いは複雑。
青麦にからみつつ風渡りくる
風そよぎ植田の四角きはだてり
 総社の風が見えて来た。青麦のしっかりとした穂に風はからみつき、真四角な植田には、真四角な風と色が見えて来る。
  帰省子の薄き口ひげ風やさし
 お孫さんの句だろうか!風やさし・・その口鬚の本人もやさしい人柄と見受ける。
音のよき道筋えらぶ風鈴屋
 風鈴屋と言っても、通りに面した構えで、引き売りではあるまい。エアコンの時代になっても、人は風を音で確かめたいものだ。風鈴の素材やベロの長さで、涼やかな音はチエンジする。人が通ると風が起る。
団扇の手かんがへてゐる風の筋
 何を考えているのか・・手筋というと、囲碁、将棋。心の内を見透かされないよう団扇の動きも微妙だ。
  平らかな風に泛べる蜻蛉かな
 蜻蛉の滑降は水平である。平らかな風が似合う。
ここまで風の句を見てきた。五年前になるが、岡山俳人協会の会報「烏城64号」に「風の周辺」という文章を書いた。その風の俳句・・・ 
秋風や眼中のもの皆俳句     虚子
焚くほどは風が持て来る落葉かな 良寛
玉島の曹洞宗・円通寺には、若き良寛像が立っている。寺も持たず、托鉢をして、生涯無一物で通し、大愚と号し「無能の生涯」と自身が言いながら、心、魂、宇宙、自然という世界には、最も醒めていた人「良寛」に惹かれ、詩人の【加島祥造・「老子と暮す」】の文章を引用した。
【心にはマインド mindとハートheartがある。
世俗に長けている頭の働きはマインドの働きだが、良寛のように鳥の音に耳を傾けたり、風の音に天地の移ろいを感じたりするのはハートの働きである。魂が自然と全一になり、無為自然の境地であるからだろう。】
良寛はまさしく風の人だ。その書「天上大風」の碑が、玉島のホールにある。大風は慈悲と仏教的に解釈している。
 句集「風の友」からも、自在で普遍的な心を感じることができた。
  妻の推す補聴器と言ふ春支度
  啓蟄や土のかをりの漢方薬
  啓蟄や厨に匙の落つる音
ただごとの中に物語のある句が並ぶ。漢方薬のおだやかな効き目と啓蟄の取り合わせも絶妙だ。匙の落ちる音は補聴器が捉えたのだろうか?
蠟梅のくるむ天日ふくらめり
 蠟梅の花びらはお日様を包んでどんどん膨らんで来る。馥郁とした香りに包まれやさしい眼差になる。
探梅のゆるき歩みぞ老いけらし
 老いけらし・・老いを見つめる姿勢がある。梅の香は、急ぐ人には届かない。ゆっくり歩けば、見えてくるものがある。風が運んでくれるのだ。

 さて、遥照の本句会や浅口市俳句大会で、お馴染みの四国の涼野海音さんが、「俳壇」一月号の新コーナー「新・若手トップランナー①」に登場した。
新作十句「晴れ男」、文章の「自得の文芸」を一読し、さすがはトップを走る人だと納得した。「涼野海音作家論」は運河の編集長、谷口智行氏が書いた。谷口氏の独特の作家論は、ふっと、違う俳句の次元を覗かせてくれて、俳句の楽しみ方の幅が広がるものだ。
春寒し蛸せんべいに蛸透けて  涼野海音
次回は、これらの記事を紹介して、何が透けてみえるのか?春の訪れを待ちわびたい。やんぬるかな!

Posted on 2017/01/24 Tue. 17:53 [edit]

category: やんぬるかな

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やんぬるかな60 

やんぬるかな60  工藤泰子
 「やんぬるかな」が60回になる。「遥照」は毎月発行なので、五年間休まず書いてきたことになる。最初に書いた「やんぬるかな1」は、こんな調子の“笑える力作”だった。少し振り返ってみよう・・。
「はひふへほー!」これはいったい何?子供に人気の漫画に出てくるのだが、何故「なにぬねの」ではないのかな。・・・答はやなせたかしさんの漫画「それ行けアンパンマン」のバイキンマンが登場するときの雄叫びだからだ。退散する時には「バイバイキン!」となる。人気の悪役キャラのバイキンマンは黴菌を撒き散らす「ハエ」だからハ行で・・。とこんな調子!
しかし、真面目に「いろは歌」も紹介している。
“色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず“
作者は、空海とも柿本人麻呂とも言われているが、47文字使い切って見事だ。47というと、おニャン子クラブ47名/赤穂浪士47士/AKB48は?一人多いのが狙いか?・・この号の文章は、漢字の【己んぬる哉。これからも日本語と俳句の間をうろつくつもりだ】で終わった。
 「やんぬるかな2」では、上から読んでも下から読んでも同じ=回文を紹介した。
虫置きし土間のその窓子規惜しむ  井口吾郎
   ポポンタポポンタタンポポタンポポ  〃
回文の傑作に「宝船」がある。初夢を見るとき枕の下に敷く縁起を担ぐもので、宝船(帆掛け船・七福神・米俵・宝貨)の絵が描いてあり、聖徳太子の作と言われている歌(回文)が添えられている。長寿、なみのり(実り)舟(不音)などの掛け言葉もあり高度な技術が駆使されている。
長き夜の遠の眠りの皆目覚め
波乗り舟の音のよきかな
ながきよのとおのねむりのみなめざめ
なみのりふねのおとのよきかな
 この様な言葉遊びも楽しいが、俳句を作るには、「季語」の力と魅力を理解する必要がある。
昨年一月、茨木和生著「季語を生きる」(邑書林出版)が出版された。第十一回俳人協会評論賞を受賞した「西の季語物語」(1997年)、「季語の現場」に続き“俳句の本質に迫る現場の声!”が届く本だ。まるで「社会学」「文化人類学」などのフィールドワークの様な行動力の先生は、環境問題にも向けられ、「吉野の桜」・「那智の滝」を守る会を推進されている。
出版にあたり、編集長の島田牙城(和生先生の高槻高校の教え子)が、「『続・季語の現場』という題ではいけません。『季語と生きる』では弱い。『季語を生きる』としたらどうですか?」と提案してくれたので、「・・いいねえ!」とこれに決まった経緯が、あとがきにある。
さて著書「季語を生きる」の「新年の季語」から、珍しい季語のいくつかを見てみよう。
【私(茨木和生)が詠んでいる新年の季語は七十ちかくあるが、生活様式がどんどんと変わってゆき、少年時代に体験していた行事や慣わしなどもずいぶんとなくなってきている。季語の「蓬莱」もその一例である。公団住宅やマンションに暮らしていたころ、「蓬莱」という季語で作句することなどはなかった。せいぜいが三方(さんぼう)に羊歯(しだ)を敷いて鏡餅を据え、昆布、串柿、橙を置く餅飾りをする程度だった。季語のある暮らしをしてみたいと思っても、時間的な経済的な余裕がなかった時代だったからである。
定年になって、時間の拘束から解放され、松の内の間に漁村や山村の民宿に泊まって吟行する機会に恵まれるようになった。正月の漁村に行けば、その集落の祭礼の神事宿である頭屋(とうや)の家を訪ねて、みごとな蓬莱飾りを見せてもらったりした。
   蓬莱の栄螺の吐きし潮かな  和生〃
   蓬莱の鮑の痩せを嘆きけり  〃】
 忘れられそうな古季語を甦らせる活動もしている先生だからこそ、出会える季語の現場!だ。次に
【正月ならではの季語「初詣」は神社や寺に出かけないと佳句を得ることはできない。しかし、表面だけ見ていると、類想、類似の句になってしまうのも「初詣」の句である。初詣に出かけていってそこで出会う「季語」を歳時記であらかじめ調べておき、その季語の現場に立ち会って句を作ることが大事である。・・中略・・私が季語「宝船」に関心を持ったのは、下賀茂神社や錦天満宮で実際に宝船を買い、それを枕に敷いて寝たという体験をしてからである。
  泥描きをしたる日輪宝船   茨木和生
  青々の直筆といふ宝船      〃  】
 今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」は、「神ってる」だった。言葉を発したのは、広島カープの緒方監督だが、受賞したのは25年ぶりのリーグ優勝の「神がかっている!」シーンの立役者、鈴木誠也選手である。「神ってる!」とは、若者言葉なのだが、これで、完全に市民権を得ることとなった。スタジアムを埋め尽くしたファンの祈りが言霊となって天?に通じた結果だろう。神った鈴木の年棒は三倍増になったそうだ。
一方、サッカーのファジアーノは残念な結果に終わった。ボールがゴールを揺らすか掠るか?ピンポイントの神の計らい?今年の活躍を期待しょう。
 もともと日本人は慎み深いところが美徳であった。他人に向かって、あからさまに非難する「言挙げ」「言向け」はしない。なぜなら、言葉には呪力があり、声に出して言い立てると、他人を本当に傷つけることになると恐れていたからだ。万葉集の柿本人麻呂の歌に
「葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国は神(かむ) ながら言挙げせぬ国」がある。
その悪しき例として、「ヤマトタケルが伊吹山の神の出現に対して退治に出向いた時、 突然現れた白猪(実は神)を神の使いだと見誤り、素手でやっつけてやろうと「言挙げ」をした為、神の怒りに触れ、病に罹り命を落とす結果になった。」がある。
 
お正月には特に縁起のいい言葉が喜ばれる。子供時代の記憶に「おしし」がある。悪魔祓い、飢饉や疫病を追い払う獅子舞のことだ。ぎらぎら光る金歯を開けて、ガブリと噛むので、逃げ回ったが、「噛みつくと神が付く」縁起かつぎとは知らなかった。
獅子舞の来て村ぢゆうが動きだす  鷹羽狩行
舞ふ獅子の口にくはへし新紙幣   白神知恵子
獅子頭はづし携帯電話受く     馬場公江
  コイン切れ仕掛け獅子舞そつぽ向く 久松久子
 久松久子さんの句は、句集「笑って五七五」(滑稽俳句協会叢書)の句である。コインで動く獅子舞は「金」の切れ目が「運」の切れ目かと笑ってしまった。
 軽くも重くも軽みも深みも俳句はさまざま。
今年も目出度く始めたい。
  寝返りにゆらぐ敷き寝の宝船   内藤吐詩朗
  神官のこゑの歯切れや淑気満つ    〃 
 遥照の元会員、内藤さんの届いたばかりの句集から選んだ。次回には、その句集「風の友」にどんな風が吹いているか鑑賞したいと思う。
             やんぬるかな!

Posted on 2017/01/04 Wed. 11:34 [edit]

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