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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

風の周辺 

「風」の周辺     工藤泰子
俳誌「遙照」に「やんぬるかな」を毎月書いている。アンパンマン、AKB、回文、オノマトペ、良寛、山頭火、コガネムシなど取り留めもないようだが、一応、俳句の周辺をうろついている。
たとえば、こがね虫ではエジプトのスカラベ(糞ころがし)に脱線するものの、最後はけっこう真面目にテーマ?に直結した俳句で結び「やんぬるかな!」と長嘆息をもらす。
猫のような好奇心が、またぞろ擡げてくると、「前回は・・」と反省し、モチベーションを高め継続は力と、書き進めている。
こがね虫投げ打つ闇の深さかな 虚子
を受けて選んだ“深い”は次の句に託した。
彼一語我一語秋深みかも   虚子
「言葉の宇宙」の「俳句の世界」は広大で、深遠なので、私のつぶやき、チャットは“漣”すら立てないが、「やんぬるかな9」では「風が吹けば俳句が出来る!」と「風」に挑んだ。
 秋風や眼中のもの皆俳句  虚子
風のつくものを並べてみると、風景、風情、風光、風評、風俗、風刺・・そして風雅!
俳人にとつて「風雅のまこと」こそ命綱だ。
中国最古の詩集「詩経」の分類に「風」「雅」がある。「風」は各地の民謡をいい、「雅」は宮廷の音楽のことである。
「詩経」における詩の「六義(りくぎ)」は「賦・比・興・風・雅・頌」であるが、それを転用して、紀貫之が古今集仮名序で「そえ歌、かぞえ歌、なずらえ歌、たとえ歌、ただごと歌、いわい歌」六種の風体とした。
「風」はやさしい風ばかりではない。近代に入り正岡子規に「貫之は下手な歌よみにて」
と書かれた・・風上も風下も風当りが強い!

焚くほどは風が持て来る落葉かな 良寛
良寛は18歳で世を捨て、玉島の曹洞宗・円通寺の国仙和尚によって得度し、22歳から約20年間修行した。境内には托鉢姿の若い良寛像が立っている。
彼は寺を持たず、托鉢をして、生涯無一物で通した。大愚と号し「無能の生涯」と自身が言いながら、心、魂、宇宙、自然という世界には、最も醒めていた人だった。
心にはマインド mindとハートheartがある。(詩人・加島祥造・「老子と暮す」)
世俗に長けている頭の働きはマインドの働きだが、良寛のように鳥の音に耳を傾けたり、風の音に天地の移ろいを感じたりするのはハートの働きである。魂が自然と全一になり、無為自然の境地であろう。
良寛はまさしく風の人だ。
「天上大風」には二つのエピソードがある。
一つは子供達が凧揚げをしていたが、上手く揚がらないので、良寛さんに「天上大風」と書いてもらったら、天に気持ちが通じて高く揚がったという話。
もう一つは、孫の凧に張ろうと白い紙に書いてもらった字を爺が見ていると、目利の人が驚いて、大金を積んで持って行ったということらしい。
天上は宇宙、大風は慈悲と仏教的に読むこともできる。又その書の魅力は微妙なずれと揺れにあり、弱さに強さがある。
さて「風」の周辺の落ち着き先は・・
コスモスの丘にやさしき風育つ 泰子  
 
岡山県俳人協会「烏城 」より 
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Posted on 2012/12/28 Fri. 22:27 [edit]

category: 俳句

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