06 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな61 

やんぬるかな61  工藤泰子

前回は、遥照の元会員、内藤吐詩朗さんの宝船の句を紹介した。
  寝返りにゆらぐ敷き寝の宝船 内藤吐詩朗
寝返りぐらいの揺らぎなら、七福神の乗った宝船も、にぎにぎと目出度く船出をしたことだろう。この句は届いたばかりの句集「風の友」から抽出した。
さて「風の友」には、どんな思いが込められているのだろう。早速、「風」を辞書で引いてみた。
①空気の動き。一般に高い方から引く方に向かう水平方向の空気の流れを言う。
②人に対する社会全体の態度。
③ならわし。しきたり。風習。
 内藤さんの俳句を鑑賞するには、その経歴も少し探っておきたい。第一句集「野風増」(平成二三年発行)のあとがきを参照した。
五一歳、大阪茨木市の「南風俳句会」に参加、その後、五九歳でアメリカに転勤されるが、投句は続けておられたとのことだ。六九歳で、生まれ故郷の総社市に転居、「吉備路句会」の発展に貢献され、現在は引退、「吉備野」に投句されている。
俳名「吐詩朗」は、岡山弁で、「ずぶの素人」のことを「とーしろー」というのに因んで、若い頃名乗られ、今日に至っている。詩を吐くように作るとは、まるで子規のホトトギスの様だ。お洒落でウイットに富んだ俳句が生みだされる背景には、こんな風土があった。
「野風増」というと川島英五の歌が思い出されるが、「♪いいか男は生意気ぐらいが丁度いい・・
野風増!男は夢を持て・・・♪・」
風狂と言えば、山頭火も風の人だ。
  けふもいちにち風をあるいてきた 種田山頭火
風狂、風雅、風流とかの「風」も気になる。
「詩経」の六義(「賦・比・興・風・雅・頌」)の一つに「風」がある。風が、物を動かすように、人を感化するところから、民謡は、「風」と呼ばれる。風を容れる器は風貌?の「風(ふう)」だ。好き勝手に田野をわたる風!野風道(のふんどう)のやんちゃな風も、だんだん風格が備わってくる次第である。
  鉄棒にいどむ子のへそ風光る  吐詩朗(野風増)
  枯蓮の百態の風匂ひけり       〃
  山しづか猟犬の耳ぴくりとす     〃
 これらの、反骨と観察の行き届いた句柄は魅力的だ。
いよいよ「風の友」の風を探ろう。ここにも、風光る!の句がある。風光る!この季語には、希望がある。ヘソにもうなじにも、未来がある。
おくれ毛の車掌のうなじ風光る 吐詩朗(風の友)
  飛花落花風に戸惑ひ狂ひけり   以下同じ
 風に戸惑うのは、桜の花びらだけではない。風に寄せる思いは複雑。
青麦にからみつつ風渡りくる
風そよぎ植田の四角きはだてり
 総社の風が見えて来た。青麦のしっかりとした穂に風はからみつき、真四角な植田には、真四角な風と色が見えて来る。
  帰省子の薄き口ひげ風やさし
 お孫さんの句だろうか!風やさし・・その口鬚の本人もやさしい人柄と見受ける。
音のよき道筋えらぶ風鈴屋
 風鈴屋と言っても、通りに面した構えで、引き売りではあるまい。エアコンの時代になっても、人は風を音で確かめたいものだ。風鈴の素材やベロの長さで、涼やかな音はチエンジする。人が通ると風が起る。
団扇の手かんがへてゐる風の筋
 何を考えているのか・・手筋というと、囲碁、将棋。心の内を見透かされないよう団扇の動きも微妙だ。
  平らかな風に泛べる蜻蛉かな
 蜻蛉の滑降は水平である。平らかな風が似合う。
ここまで風の句を見てきた。五年前になるが、岡山俳人協会の会報「烏城64号」に「風の周辺」という文章を書いた。その風の俳句・・・ 
秋風や眼中のもの皆俳句     虚子
焚くほどは風が持て来る落葉かな 良寛
玉島の曹洞宗・円通寺には、若き良寛像が立っている。寺も持たず、托鉢をして、生涯無一物で通し、大愚と号し「無能の生涯」と自身が言いながら、心、魂、宇宙、自然という世界には、最も醒めていた人「良寛」に惹かれ、詩人の【加島祥造・「老子と暮す」】の文章を引用した。
【心にはマインド mindとハートheartがある。
世俗に長けている頭の働きはマインドの働きだが、良寛のように鳥の音に耳を傾けたり、風の音に天地の移ろいを感じたりするのはハートの働きである。魂が自然と全一になり、無為自然の境地であるからだろう。】
良寛はまさしく風の人だ。その書「天上大風」の碑が、玉島のホールにある。大風は慈悲と仏教的に解釈している。
 句集「風の友」からも、自在で普遍的な心を感じることができた。
  妻の推す補聴器と言ふ春支度
  啓蟄や土のかをりの漢方薬
  啓蟄や厨に匙の落つる音
ただごとの中に物語のある句が並ぶ。漢方薬のおだやかな効き目と啓蟄の取り合わせも絶妙だ。匙の落ちる音は補聴器が捉えたのだろうか?
蠟梅のくるむ天日ふくらめり
 蠟梅の花びらはお日様を包んでどんどん膨らんで来る。馥郁とした香りに包まれやさしい眼差になる。
探梅のゆるき歩みぞ老いけらし
 老いけらし・・老いを見つめる姿勢がある。梅の香は、急ぐ人には届かない。ゆっくり歩けば、見えてくるものがある。風が運んでくれるのだ。

 さて、遥照の本句会や浅口市俳句大会で、お馴染みの四国の涼野海音さんが、「俳壇」一月号の新コーナー「新・若手トップランナー①」に登場した。
新作十句「晴れ男」、文章の「自得の文芸」を一読し、さすがはトップを走る人だと納得した。「涼野海音作家論」は運河の編集長、谷口智行氏が書いた。谷口氏の独特の作家論は、ふっと、違う俳句の次元を覗かせてくれて、俳句の楽しみ方の幅が広がるものだ。
春寒し蛸せんべいに蛸透けて  涼野海音
次回は、これらの記事を紹介して、何が透けてみえるのか?春の訪れを待ちわびたい。やんぬるかな!
スポンサーサイト

Posted on 2017/01/24 Tue. 17:53 [edit]

category: やんぬるかな

TB: 0    CM: 0

24

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form

トラックバック

トラックバックURL
→http://yasukoenjoy.blog.fc2.com/tb.php/227-1c33bac8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Trackback
list