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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな58 

やんぬるかな58  工藤泰子

 

前回は発見のカタマリの子供俳句を紹介した。

  ①「さくらの木秋になったらふつうの木」

  ②「はっばはねおちているけどいきている」

  ③「太い木にまたあたらしいえだがつく」

  ④「あきにはねいろんないのちのなきごえが」

  ⑤「秋になりひとがやさしくなってくる」

今年度の「第十一回浅口市俳句大会」の小中学生の作品も負けてはいない。私が気に入った小学生の句は、次の二つである。

A「かき氷口いっぱいの北極だ」

B「みんみんと静かな森が鳴いている」

Aでは、【北極という言葉がキーンと効いたね。口いっぱいで、なにも言えねえ!」と子供ぽくコメントした。】    

 Bでは【みんみんは蝉のこと、静かな森は鳴かないのだ!みんみんが鳴いて森が騒がしくなったというべきなのだ。メルヘンとしても読めなくもないが、「みんみんが静かな森に鳴きだした」「みんみんが聞こえる森の静けさに」などと実験してみた。大人は理屈をつけすぎるかな。】などと書いた。

しかし、後から子供の“自由な発想”を台無しにしたと後悔した。この下五の「森が鳴いている!」というアイディアは④の句の様にも読める。みんみんに誘われて森が(森の生き物や森の精まで)鳴いている!ではなかっただろうか?

さて、テレビの「プレバト」人気で、俳句がより身近になった。タレントの仰天発想に愕き、いつき先生の劇的添削に、「やってみよう!」と思うものの、いざ実作となると、敷居が高いのが実情だ。「分かるわかるわ~」と、心を捉えた感動の一句や俳人(本・テレビでも)に出会えれば、チャンス到来だ。そして、次には“乾いた心に届く俳句”に出会いたい。

蛇笏賞(だこつしょう)は、俳人・飯田蛇笏に因んで設けられた俳句の賞。前年一月から十二月に刊行された句集の中で最も優れたものに与えられる。俳句界では最も権威ある賞とされている。第五〇回(二〇一六年)は矢島渚男「冬青集」が選ばれた。最終候補作は、石牟礼道子「泣きなが原」、茨木和生「真鳥」、坪内稔典「ヤツとオレ」だった。主催は角川文化振興財団。

最初の選考委員は角川源義、最新は、宇多喜代子・片山由美子・斎藤愼薾・長谷川櫂だった。

飯田蛇笏」の秋の句を鑑賞してみよう。

芋の露連山影を正しうす

死病得て爪うつくしき火桶かな

たましひのたとへば秋のほたるかな

なきがらや秋風かよふ鼻の穴

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

誰彼もあらず一天自尊の秋

註(1885~1962)高浜虚子に師事、「ホトトギス」派の重鎮。強烈な主観で甲斐の自然と生活をとらえた端厳荘重な調べで知られる。飯田龍太は四男) 

              

をりとりてはらりとおもきすすきかな

今の季節の薄の句である。人気のこの句はたくさんの人が鑑賞している。「増殖する俳句歳時記」の解説で清水哲男さんの提言は愉快だ。「芒を手で折るなんて?千切らなければ無理!」と手厳しい。私も試してみたが、やはり手折るのは、無理だった。しかし銀色に揺れる薄が枯れて種が飛ぶようになれば重さなど感じないほど軽く、容易に手折れるのだ。手の中で「はらりと」向きを変えた瞬間、意外にもそれの重さを感じた。揶揄した深読みは好きではないが、 社会に無用な「枯れすすき」のような人(我)でも、一見何の重さ(価値)のない枯れたすすきの穂も確かな存在感を持っている!と言っている様にも思える。仮名書きにより、軽さ=儚さが際立った。存在感を感じさせる「はらり」の解釈は深い・・。

「遥照」では、二年毎に合同句集を編んでいる。三十三号は300号記念に出版され、誇らしい金字塔となった。私が参加する前の2003年(平成一五年)「鴨方俳壇・年間合同句集」が手元にある。佐藤宗生先生を始め、今も活躍中の人々の名前を見る事が出来る。

甲斐梶朗・川崎照女・土屋鋭喜・花房柊林・原房枝・古川澄子・牧明子・光岡早苗・森脇八重さん・・・。

故、太田蘆青、西山防流先生方にはお目にかかったこともあり、俳句を通じて人となりを思い出すことができた。

県大会で大活躍の人や選者先生の名も見受ける。

一度は「遥照」の門を潜った人達の作品(十句中2句)を紹介しよう。   

 

    太田蘆青「金の梵字」

  惜しみきれなき青空や竹の春

  末枯や金の梵字の仁王門

   西山防流「新領土」

独りゆく晴れの花野は是非の外

乾びたる池の鶺鴒新領土

    島村博子「自然讃歌」

  水温む先争ふもとどまるも

借景に大河大海囀れり

   清中蒼風「美神」

貝寄風や眉のかげりし美神像

沙羅咲くや樹上に十花地に十花

   坪井翠「蝶の昼」

蝶の昼予告なく来る女客

拝領の画を曝したり里の寺

   内藤吐詩朗「紅梅」

雪のせし紅梅さらに艶めきぬ

臍を出す鉄棒の子も花の下

   藤枝桃苑「匂ひ壺」

竹の杖句の杖つきて初詣

家々に梅咲き谷は匂ひ壺

        傍線は故人

さて芒に戻ろう。言葉は種に似ている。種を飛ばして軽くなったような芒でも、「はらりと重い」存在感がある。俳句の種を撒きながら、その風を思い起すのはなんと素敵なことだろう。

石津淡紅さんの「ことばの広場」の言葉にヒントをもらった。

「わが句歴を振り返ってみて、よく続いたな!と妙に感心するのです。仲間がいるから句会があるから、なのだと感謝するばかりです。自分らしく自分の香りのする作品をと、目指すハードルは高いのですが、なかなか満足には至りません。スランプもしばしばですが、「俳句は日記」「自分史」と思って、「遥照」の道場を愉しませていただいています。」(2003年合同句集より)

 

蟷螂のよろりと枯れを尽しけり  石津淡紅

 

「はらり」「よろり」この俳句のよろしさを味わうのに、秋は良い季節だ。

            やんぬるかな!

 

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Posted on 2016/10/27 Thu. 13:11 [edit]

category: やんぬるかな

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