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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな51 

やんぬるかな51  
菜の花や今日を装ふ縞を着て  鈴木真砂女
 前回は真砂女の俳句で締め括った。奔放な恋の句が多く、スキャンダル俳人と思われそうだが、読売文化賞、蛇笏賞などを受賞した実力俳人でもある。
 さて“縞を着て”とは、“縞柄の着物を着て”ということだ。着物は旅館や料理屋「卯波」を切り盛りした女将真砂女の勝負服!制服ということになる。
着物には無関心という人もいるだろうが、着物は、色、柄、帯、小物の組み合わせと着こなしで劇的変化を遂げるものである。まず色を挙げてみよう。【浅黄色=薄い黄色】【浅葱色=青緑】【桜鼠】【鴇鼠】【宍色】【利休鼠】など色も色名も雅である。しかもその色合いは、日本の風土にマッチしている。
いま、風呂敷が見直されている。フレキシブル(融通が利く)な使い方が出来るからだ。同様に着物も、四角のパーツを繋げているのに、丸い体にそわせることができる。太めも細めも気にせず身幅や身丈は、紐で調節することもできる。スローライフを目指せば、結構「いけてる」のではないだろうか?
ここでは、「縞を着て」という下五の意味を掘り下げよう。菜の花の明るさと強さ!今日を装ふ“縞”には何が似つかわしいのか。
朝の連続ドラマの宮崎葵さんの着ている着物は、質素な木綿の紬や絣の縞であるが、女将の真砂女は職業柄からも、木綿ではなく江戸小紋だと思う。江戸小紋の縞柄には、鰹縞、万筋、二筋、網目、刺し子縞、檜垣の縞などがある。どの様な縞かは判らないが・・・立湧(たちわく)ならどうだろう。膨らみとせばまりを縦方向に交互に繰り返す曲線の文様だ。また、縦の線が蛇行しているような、“よろけ縞”もある。一面の黄色い菜の花畑の明るさに向かって紆余曲折を経ながらも進む・・と詠むことはできないだろうか。
木菟(づく)啼いて紅ひと刷けのよろけ縞 嵯峨根鈴子
 ぎちぎちのめくら縞から木莵のこゑ  〃
 
不思議な魅力に溢れる鈴子さんの句は、次回紹介するとして・・前掲の句・・。木菟は冬の季語で、ミミズクのことである。夜行性なのでその姿を見ることは難しい。啼いて存在が喚起された。「紅ひとはけのよろけ縞」「ぎちぎちのめくら縞」とは!縞の使い方には恐れ入った。
 もう一つ、真砂女の「帯」の句を紹介した。
片栗の花を見にゆく帯しめて   真砂女 
片栗の花は咲くと、そっくり返る。だから、帯を締めなくてはということになる。次の句はそれを詠んで面白い。堅香子(かたかご)は、片栗の古名。
堅香子の花食べてきしバレリーナ 山元志津香 

柄や帯ではないが、着物を着るのに必要な紐は何本だろうか?帯、帯締め、帯揚げ、伊達締め等も入れると、十本近く必要になる。
  花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 杉田久女
この句は久女がまだ若い時の句なので、単に数だけという理解では、身も蓋もない。女性にまつはる紐・束縛を“もろもろ”を脱ぐ!とも詠める。
さて明治時代の女流俳人の真砂女(M39年)、久女(M23年)にも“しかず・・かなわない”激しさを見せる「4T」の鷹女がいる。
※昭和に活躍した代表的な女性俳人、「中村汀女・星野立子・橋本多佳子・三橋鷹女」の四人は、名前のTを取って4Tと呼ばれた。
  恋の句は鷹女に如かずレース着て 山元志津香
三橋鷹女(M32年)は、自在な口語表現、新興俳句の詩的表現などを駆使して女性の情念を詠む前衛的な句風で、当時の女性俳人の中でも異色の存在であった。  
鞦韆(しゅうせん)は漕ぐべし愛は奪うべし 三橋鷹女
老鶯や泪たまれば啼きにけり   〃
暖炉昏(くら)し壺の椿を投げ入れよ    〃
老いながら椿となって踊りけり   〃
夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり   〃
この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 〃
白露や死んでゆく日も帯締めて   〃
墜ちてゆく 炎ゆる夕日を股挟み   〃

これらの俳句を垣間見るだけでも、鷹女のシャープな感性、強烈な「自我」、「自己愛」を感じることが出来る。「愛は奪うべし」「嫌ひなものは嫌ひなり」「鬼女となるべし」などの表現はなんと激しい!
鷹女は、明治・大正、そして、昭和を生き抜き『向日葵』・『魚の鰭』・『白骨』・『羊歯地獄』・『橅(ぶな)』の五つの句集を編んだ。
「『羊歯地獄』自序」に
一句を書くことは一片の鱗の剥脱である
四十代に入って初めてこの事を識った
五十の坂を登りながら気付いたことは
剥脱した鱗の跡が新しい鱗の茅生えによって補はれてゐる事であった
だが然し六十歳のこの期に及んでは
失せた鱗の跡はもはや永遠に赤禿の儘である
今ここにその見苦しい傷痕を眺め
わが躯を蔽ふ残り少ない鱗の数をかぞへながら
独り呟く……
一句を書くことは一片の鱗の剥脱である
一片の鱗の剥脱は生きていることの証だと思ふ
一片づつ一片づつ剥脱して全身赤裸となる日の為
「生きて 書け----」と心を励ます

鷹女は、この最後の句集刊行の二年後の昭和四十七年四月七日に七十四歳で永眠した。
 ちなみに西東山鬼(四月一日)、放哉(七日)、虚子(八日)、啄木(一三日)、康成(一六日)、百閒(二十日)などの忌日は季語である。
 今ここ、「天文台のまち浅口市」に、国内初の分割鏡方式の三・八メートルの反射望遠鏡を据える新天文台ドームが建設中である。昨年たまたま公開していた時に蜂の巣の様な骨組を見ることができた。秋には完成?しそうだ。「遥照山」の隣の「竹林寺山」が遠い宇宙と繋がる日をウキウキして待っている。
                                                
抱瓶のほうと吸ひ込む春北斗  山元志津香
 肉眼でも、北の空に北斗の柄杓の見える季節が来た。「抱瓶」は「だちびん」と読み、沖縄地方で用いられる携帯用の酒瓶のことだ。陶製で、腰に付けやすいように胴の横断面が三日月形をしている。この句の理解は難しいが、沖縄の浜辺で、春北斗を見たならば星座は回転しつつ“ほうと吸ひ込まれ””日が昇るのではないか?“沖縄の土臭い陶器ならではの感覚なのだろう。
土筆煮る星のきれいな夜のこと 嵯峨根鈴子
ひんやりと春の把手が掌にのこり  〃
とびきりの月をあげたりふきのたう  〃

 彼女は岡山生れである。とびきり豊かな語彙の扉を開けて覗いてみたいものだ。  
          やんぬるかな!

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Posted on 2016/03/29 Tue. 14:39 [edit]

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