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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな40 

やんぬるかな40 工藤泰子
 最初にお詫びです。
 菫ほどな小さき人に生れたし    夏目漱石  
「菫ほどの」は間違い!「菫ほどな」です。小さな間違いのようで、俳句にとっては、大きな間違い!この「な」を大辞林で調べてみると、「打消し」や、「感動」「断定」の「な」があるが、ここでは、格助の「な」であると思われる。このころの漱石には精神的な苦悩があった。「生まれ変われるものなら、菫ほどな小さき人に・」この強い気持ちは「な」でなくては、いけなかった。
【大辞林】の「な」を引くと;
(上代語。奈良時代にはすでに自由な用法がなく、限られた語の中にみられるだけである)名詞を受け、それが下の名詞に連体修飾語として続くことを示す。格助詞「の」「が」「つ」と同じ用法のもの。

 さて次の句!菫のカタカナ表記は珍しい!
 「大和」よりヨモツヒラサカスミレサク 川崎展宏
これは電報の通信文だ!と気が付いただろうか。発信元は“戦艦大和(4月7日に沈没)”咲く場所は“黄泉平坂”である。死後と現世の境界にあるこの坂に菫が咲いているというのだ・・。もちろん実話ではない。電文が効果的というより、その意図することに衝撃をうける。
山口誓子記念館のある神戸大学で川崎展宏さんの講演を聞いたことがある。広島の呉で生れ、父は海軍士官であったことを知り、背景が少し理解できた。
 天の川水車は水をあげてこぼす    川崎展宏
呉に「大和ミュージアム」がある。出来たばかりのころ訪れた。精巧な十分の一の戦艦大和の模型や人間魚雷「回天」の実物等が、実に綺麗に展示されていた。

 前回は、次の句で終わった。
  ちるさくら海あをければ海へちる  高屋窓秋
窓秋というと次の有名な代表作を挙げねばならない。
頭の中で白い夏野となっている     窓秋 
水原秋櫻子の「馬酔木」が、窓秋の俳人としての出発点である。客観写生を唱える虚子に対して、主観の重要性を訴えた秋櫻子の下で、主観を最大限に押し出した。句は昭和7年(22歳)の時のものだ。「頭(あたま)の中」の6音は、その当時としては、衝撃的であった。 
夏野とは本来は青である。それが白いのは、何故か?
フラッシュバック現象は、過去の出来事がはっきりと思いだされることだ。閃光によって白くなることも考えられる。この場合の「白」には、超越的な存在を感じてしまったのだが・・。よく言われるのに、この句は「戦争を目前にした若き日の絶望の表現」という鑑賞がされている。「ちるさくら」の句と重ね合わせて読みたい。「海あをければ・・」では、青い海にさくらが散る!という詩的な色彩感覚が映像として見えてくる。それは「特攻隊の戦闘機が海に散る・・」イメージとなり「同期の桜」を連想してしまった。この句が戦争映画のプロローグに使われたことも記憶にあるからかもしれない。
    ☆☆☆☆☆
今回は俳誌「八千草」俳句・連句会創刊主宰
山元志津香句集「木綿の女」紹介したい。
「ピアノの塵」(序・有馬朗人)、「極太モンブラン」(序・小澤克己)に続く第3句集である。
先生には、「文学の森」の出版記念パーティでお目にかかって以来、もう9年以上も親しく交流させてもらっている。「滑稽俳句協会(八木健会長)」も創立に関わられたので、参加している。
かつて、同人誌「湖心」に連載していた「猫にスキャット」の22に、句集「極太モンブラン」の感想を書いたのが、昨日のように思える。なにしろあまりに楽しすぎる句集に本末転倒、脱線しまくり、ご子息の作曲家・山本はるきち編曲のNHKのアニメ「おじゃる丸狂騒曲」のモードで、〈協奏曲〉ならぬ、〈狂騒曲〉の様相となり、「サン・サーンスもびっくりの豪華な仕上げ!」などと血迷ったコメントもしてしまった。
今回の句集は、名前が「地味じゃん!」と思いながら・・ページを捲るや、めくるめく言葉の魔法のとりこになっていった!
句集名「木綿の女」の意味は帯文に詳しいので、そのまま引用する。
   白南風や木綿の女になつてゆく
自然界からいただいた力を取り入れ、感謝の息をふっと吐くとき、嘘と違った虚の私の内奥の美学が、体温のある十七音に結晶してくると思いました。そこへ、ふと漏らされた姜琪東氏のひとこと「木綿は何回でも洗いが利くからね・・・」思わず迷っていた句集名が決定したという次第です。(「あとがき」より)
    
 ♪♪共鳴句♪♪
 地のホック其処ここ外し地虫出づ   
 山頭火になりきつて飲むしたたり

どちらも見立てが愉快!ホックやファスナーなんて地面には無いよ!山頭火になりきるなんて・・もともと無い「枠」をさらに逸脱。でも、そんなことが、真面目に言えちゃうのが“才能”です。
遠い戦争煮つめて壊す栗かぼちや
警報と飢ゑの少女期あかのまま

 戦争も、疎開も飢ゑも体験した少女期・・。煮つめて壊して、ぶっ潰す思い!でっかい頭のような栗かぼちゃは、ぺちゃんこになった。ピアノの子犬のワルツが聞こえてくる、今は、ああ飽食の時代だ。しかし犬蓼をみると甦る警報と飢え!“あかのまま”と表記したのは、「色」へのこだわり・・。戦争を見たような気がした。
 無伴奏のバッハよ雪の夜の底
 四次元へみな春を待つ譜面台

句集「極太モンブラン」に“グールドのピアノとねむる更待月”の句があった。その感想に、「惑星探査機ボイジャー1号&2号に異星人への挨拶として、グールドの演奏したバッハのレコード【平均律クラヴィーア曲集第2巻】【前奏曲とフーガ第1番】が針と一緒に積み込まれた。」ことを書いた。今回はいきなり無伴奏のバッハである。四次元の譜面台のスコア(楽譜)は・・もう天上の音楽に違いない。
  蝶生まる路傍に土のある限り
 まだ跳ばぬ夢たひらかや蝌蚪の水

青い地球は「土と水」から出来ている。夢はもう一歩を踏みだしたところ!
兆の上は京といふとか銀河澄む
ともすれば志功の天女となる昼寝

これは単位の兆、その上に京(けい)がある。兆ですら大きいのに、その一万倍・・10の16乗。秋の季語「銀河」が澄み、そしてアンドロメダ銀河は遠い!
棟方志功は青森の版画家で、原始美術のような、のびやかな天女や仏で有名だ。昼寝の季語にずいぶんと贅沢な芸術作品をコラボしたと感心した。ちなみにJR金光駅前の天王堂の包装紙は志功のデザインである。昔ながらのカステラは抜群!

 春過ぎて夏来にけらし白妙の 
     衣干すてふ天の香具山 持統天皇

 
さあ白妙の衣、白南風!先ほどからの「白」が気になっている。白旗は、源氏の旗印。白旗がないと休戦も降参もできない。神に捧げる幣帛も白い木綿(ゆう)であった。波音の向うの白砂青松(はくしゃせいしょう)には、天の羽衣が見えてきた。
   白南風や木綿の女になつてゆく   志津香       
          やんぬるかな!
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Posted on 2015/04/27 Mon. 08:22 [edit]

category: やんぬるかな

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