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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな29 

やんぬるかな29 工藤泰子
   
 でで虫の引込み思案吾もまた    田中愛
  命ある物にやさしき穀雨かな    〃

 前回は田中愛句集「桃の花」の句を取り上げ、「女性の俳句」について考える機会を得た。そこで本棚を物色していたら、岩波新書「女性俳句の世界」上野さち子著を見つけた。よく見ると亡き父が求めていた本だった。著者は山口県の人で、大正14年生まれ、田中愛さんと同世代の人だ。
帯文には「女たちの自由な魂のはばたきー近世から現代までー」とある。
あとがきによれば、「京の妙満寺の正式な俳諧会がもたれた寛永6年(1629年)から〈平成元年〉の今日まで、万華鏡を覗く思いがする。」とあるが、それが今から、25年前のことなのだ。
最初の女性俳人出現は、貞門最初の「光貞妻」(美津)で伊勢小町と喧伝していた。
梅が枝はわが花笠や春の雨   美津
 談林時代にはほとんど現れず、蕉風時代の園女(そのめ)が初めてのプロの女性俳人と言える。芭蕉の腹くだしは、園女亭で茸を過食という通説で有名?またそのころ遊女の諸芸として秀作があったらしい。
まずは近世の5人
 田捨女―丹波に生まれた清冽な魂―寛永
   雪の朝二の字二の字の下駄のあと  
   いざ摘まむ若菜もらすな籠の内  
 斯波園女ー才と気骨のプロ俳人ー 寛文
   駒どりの声ころびけり岩の上    
   ゆづり葉の茎も紅粉さす旦哉     
 千代女ー北国に生きた柔艶の女性―元禄
   落鮎や日に日に水のおそろしき   
   朝顔に釣瓶とられてもらひ水     
   百生や蔓一すじの心より       
 榎本星布ー近代的感覚の詩性と孤愁ー享保
   散花の下にめでたき髑髏かな  
   雉子羽うつて琴の緒きれし夕哉  
 田上菊舎ー瀟洒・闊達の文人尼ー 宝暦
   山門を出れば日本ぞ茶摘唄    
   塵取に仏生ありや花の陰     
  

ところで我が家に明治25年に出版された、歳時記がある。校正及び発行者は大阪市の鈴木常松
「曲亭馬琴翁?輯」で「増補改正・俳諧歳時記栞草 春夏」「同・ 秋冬雑」の二冊である。
たとえば「早苗月」を見ると「五月に農人方に苗を挿む。故に早苗月と云、今畧ひて早月ト云」

 紙も字体も印刷も古すぎて読むのが困難だが、先祖が俳句をたしなんでいたことをうれしく思った。表紙は色刷りで“芭蕉の葉と花”とてもお洒落だ。
 
  さて以下は明治生まれの女性俳人である。
竹下しづの女ー強靭な意志と知の人ー
     明治20年~昭和26年  65歳
   短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてつちまおか)
 大正8・9年に「男女の機会均等・男女の協力」を目指しての啓蒙運動がおこったころだ・・。
 この句の「捨てっちまおか」の口語表現と漢語表記は効果的で当時はかなり驚かれた。
   日を追はぬ大向日葵となりにけり
   鮓おすや貧窮問答口(くち)吟(ずさ)み
   緑陰や矢を獲ては鳴る白き的
   扶助料といふ紙幣得ぬ百合買はな

 杉田久女ー端正・優艶のナルシシズムー
明治23年~昭和21年  57歳
   花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
「花を見てきた甘い疲れぎみもあって、その動作の印象と、複雑な色彩美を耽美的に大胆に云ひ放つ・・」この句を虚子は「女の句として男子の模倣を許さぬ特別の位置に立つ」と称賛した。
   東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪
   足袋つぐやノラともならず教師妻
   谺して山ほととぎすほしいまゝ
   鶴舞ふや日は金色の雲を得て
   蝶追うて春山深く迷ひけり
 (昭和12年、虚子より突如、「ほととぎす」同人を除籍

橋本多佳子ーはげしい気息と感性の才媛  
   明治32年~昭和38年  65歳
 建築家の夫と移り住んだ福岡県遠賀郡中原村(現北九州市戸畑区)の瀟洒な櫓山荘は文化サロンとして有名!北原白秋、野口雨情、中山晋平を顧問に講演会が開かれた。
   月光にいのち死にゆくひとと寝る(ぬる)
   いなびかり北よりすれば北を見る
  寒月に焚火ひとひらづづのぼる
  乳母車夏の怒涛によこむきに
  雪はげし抱かれて息のつまりしごと
  仏母(ぶつも)たりとも女人は悲し灌仏会
 三橋鷹女ー幽玄・華麗な老年を描くー
  明治32年~昭和47年   72歳
   四T(汀女、立子、多佳子、鷹女)の一人
       与謝野晶子・若山牧水に(短歌)原石鼎に俳句
   夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり
   女の香のわが香をきいてゐる涅槃 
   秋風や水より淡き魚のひれ
   白露や死んでゆく日も帯締めて
       富沢赤黄男主宰「薔薇」入会・高柳重信 前衛俳句
   向日葵を斬って捨つるに刃物磨ぐ
   落日の鯛が鯛搏つ浪の間
 

中村汀女―豊潤な母性とこまやかな日常諷詠―
       明治33年~昭和63年 88最 虚子に師事
   月に刃物動かし烏賊を洗ふ湖 
   さみだれや船がおくるる電話など
   新涼の手拭浮けぬ洗面器
   おいて来し子ほどに遠き蝉のあり
   秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな
   外にも出よ触るるばかりに春の月
   やはらかに金魚は網にさからひぬ
   花落とし終へし椿の男ぶり 

石橋秀野―凄絶のいのちをうたうー
        明治42年~昭和22年   39歳    
 文化学院で、与謝野晶子に和歌、虚子に俳句、折口信夫の源氏物語講義を受ける。
 石橋貞吉(山本健吉)と結婚!横光利一の十日会句会に参加(石田波郷、中村草田男)
    木犀にとほき潮のみちにけり
   その子いま蜜柑投ぐるよ何を言はん(安見子)
   火のやうな月の出花火打ち終る
   蝉時雨子は担送車に追ひつけず

細見綾子―生涯を貫く無礙の詩心ー
      明治40年~平成9年  90歳
     夫をなくし、自身も肋膜炎で故郷兵庫県氷上郡で療養・・俳句を医師に勧められ松瀬青々の「倦鳥」に投句
   菜の花がしあはせさうに黄色して
   野の花にまじるさびしさ吾亦紅
   ふだん着でふだんの心桃の花 
   桃の花吾は黙つて日を愛す
   冬薔薇日の金色を分ちくるゝ
        沢木欣一と結婚  四十一歳
    見得るだけの鶏頭の紅うべなへり
   女身仏に春剥落のつづきをり
   月光仏春のまなこを閉ぢたまふ
 「自然から存問される恩恵の深さははかり知ることはできません」と句集「存問」のあとがきにある!
  「俳句は存問」と言った虚子門下ではないが・・

そら豆はまことに青き味したり   綾子
つばめつばめ泥が好きなる燕かな   〃
 
    
      そら豆のまことの味を頂こう。
        やんぬるかな!
  
 
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Posted on 2014/05/17 Sat. 09:30 [edit]

category: やんぬるかな

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