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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな28 

   やんぬるかな28 工藤泰子
前回は俳句の遺伝子を持つ俳人として編集・出版、評論、俳句で大活躍の島田牙城さんを紹介した。
  げんげ田に産まるる人のかたちあり 島田牙城
  川鴉水くぐりては巣に通う     島田民子

母上のグウッ!とくる俳句を見れば、辛口で有名な牙城さんも人の子だったのだ!と納得した。
俳句は「心の手紙」なのではないだろうか?
さて今年の春もピカピカの一年生が誕生した。“遥照”の読者で、“木偶の会”の新居三和さんの句は、最近の一年生の事情に言及した。              
  道草の出来ぬ通学一年生    新居三和
寄せられた〈コメント〉には道草の句です!最近の子供は危険の種類が違います。昔は寄り道つまり道草こそ通学の楽しみでした。今は車の暴走や誘拐など・・ありえない事態が起きています。一年生は守られて集団登校です!!この現実が三和さんの俳句になりました。一年生は春の季語です。列はだんだん崩れてきますけど・・ぴかぴかの一年生がんばれ!
『ランドセル俳人の五・七・五 いじめられ行きたし行けぬ春の雨・・十一歳、不登校の少年。生きる希望は俳句を詠むこと。』(小林 凜/ブックマン社)をご存じだろうか?
日野原重明先生推薦!帯文は「優しくて残酷な世界」
 紅葉で神が染めたる天地かな  凛 (9歳) 
右は、彼が小学3年生のときに初めて朝日新聞の「朝日歌壇」に応募した句で、これが大人に交じって入選、その後も入選を繰り返し天才児があらわれたと評判を呼んだ。俳句で思いを表現するようになったのは、幼稚園のときで、母の史さんによれば「私や祖父母から、俳句を教えたことはない」らしく、テレビや絵本で俳句に出会ったとのことだ。
 いじめられ行きたし行けぬ春の雨  凛
 いじめ受け土手の蒲公英一人つむ  〃

同級生の女の子や保護者からいじめの実態を知らされたのは、小学校に入学して間もなくの頃。家族が学校に訴えてもとりつく島もなく、2年生になってからも危険ないじめ行為が続き、ついに「自主休学」という選択をしたという。だが、そんな日々のなかでも、凛くんは俳句をつくり続けた。最初、低体重で産まれたハンディがあったそうだが、豊かな感性、感覚で切り取られた言葉には意志の強さがあり表現力も卓越しており、正直驚かされた。
 春の虫踏むなせっかく生きてきた 凛(8歳)
  ゆっくりと花びらになるちょうちょかな(9歳)
  影長し竹馬のぼくピエロかな   〃
 ブーメラン返らず蝶となりにけり 〃
 万華鏡小部屋に上がる花火かな  〃

あるとき、学校に俳句を見せたところ、教師は「俳句だけじゃ食べていけませんで」と話し、また別の教師は「おばあちゃんが半分作ってるのかと思っていました」と言ったという。
学校に期待できない以上、子どもを守り、感性をはぐくむのは家族しかいない! 母と祖母は、出来上がった俳句がたとえ駄作でも「秀作!」と褒めまくり、「他から認められることが何よりの教育」と考えたのだ。「僕を支えてくれたのは、俳句だった」と語る彼だが、今は普通に通学しているそうだ。
 さてこちらは、70歳で俳句を始め、20年の集大成、第2句集「桃の花」を上梓された田中愛さんである。岡山に転居した五年前、「遥照」の町家句会にお邪魔して、初めて愛さんを知った。句会ではカレンダーの裏に書いた俳句(十句程度)を各々貼りだして、皆でわいわいと選評するのだが、まず彼女の見事な筆捌きの文字に圧倒された。夢二の美人画を彷彿する!(褒めすぎではない)愛さんの姿も勿論のこと!文字通り「字は体を表す!」だった。
 あらたまの水したたらす初硯  田中愛
 静かなる硯の海や筆はじめ    〃
 月揚げて清らな心句に遊ぶ    〃

パソコン・スマホ時代ではあるが、俳句甲子園と同様、書道甲子園がある。パーフォーマンスが目立つ現代ではあるが、芭蕉の”不易流行“万古不易の真理や論語の”温故知新“を思い、大正・昭和を生きて来た人の俳句に学びたいと思った。
  葉牡丹の孤独を解きし春の雨  田中愛
  忘れねば過去は重たし落椿    〃
  追伸の行間にある花の冷え    〃
  愚痴こぼす相手としたる夕牡丹  〃

 ただの独居老人と言われたら、身も蓋もないところだが、この“孤独”を実に美しく転化し、五・七・五と詠むことで、自身の生きざまを昇華させている。花に寄せて、沁沁と淡淡と語られる心情には、深いものがある。
春の雨が葉牡丹の渦を解き解放されていく自分。ふいに落ちた椿に重さを感じ、重たい過去と重なる。行間を深読みしてしまうことにたじろいでいる。愚痴は牡丹に言おう!「花の王」に相応しい牡丹に、そして夕牡丹には濃密な時間が流れる。
 飛び石は女の歩幅額の花    田中愛
 庭石を抱きて雨のみだれ萩    〃
 飛石の一つが離れ秋の声     〃
 この橋を渡れば浄土天の川    〃

飛び石の句を並べた。愛さんの時代の「歩幅」は着物のそれであろう。飛び石を人生と重ねて読むことができる。飛び石の一つが離れている。その距離は眼前のそれでなく、心理的な距離である。次の、天の川の句とどこかで、繋がっていくのだ。
 さて句集とは縦糸=自分に家族や友人の横糸を通し、編み上げるようなことだと思う。「遥照」では二年に一度、合同句集を出版していて、今年もそろそろ句稿を出す時期が来た。あれこれと自選しながら「自分が主役の自分史」を編むのを楽しみたい。
  人生の切符どこまで日記買う   田中愛
  でで虫の引込み思案吾もまた    〃
  命ある物にやさしき穀雨かな    〃

 
 百穀を潤す春雨!みな萌えるときが来た!
           
                     やんぬるかな!        
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Posted on 2014/04/21 Mon. 09:21 [edit]

category: やんぬるかな

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