07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな44 

やんぬるかな44 工藤泰子
       
  母さんは合っていたのか 人生に
         答え合わせはなくて 海鳴り  俵万智
 
 前回は今、石垣島に住んでいる万智さんの歌を紹介した。“海鳴り”“海の底から鳴り響く低いうなり”は、台風の前兆とされる。彼らの人生はこれからだ。
齋藤考さんの本を読んでいたら、数学と俳句は似ているとの指摘があった。数学には「数式」、俳句と短歌には「型」がある。「美しい数学」と「すばらしい俳句」はたしかに似ている。どちらも“大自然の本質をパッと切り取る”ことができているからだ。俳句の「五・七・五」、短歌の「五・七・五・七・七」という音の数の制約は、不自由と思うはずなのだが、「型」に収めていく作業をして行くことで、むしろ言葉の研磨作業が進み、表現する感性は研ぎ澄まされてくる。選ばれた言葉たちが、人の心の奥底に入りこみ、大きな感動を与えるのだ!
 さて今月は「月」を眺めてみよう。
先月の「遥照」の兼題は「盆の月」だった。盂蘭盆(うらぼん)にあたる陰暦七月十五日の月であり、このころ「盆踊り」が行われることが多い。
盆踊りは、空也上人や一遍上人などから始まる念仏踊りに各地の様々な踊りが混淆して生まれたもので、盆に戻ってきた祖先の精霊を慰め、再びあの世へと送り出すための行事であると言われている。
  ふるさとにしがみつかむと踊るなり 谷口智行
少子化、過疎化で昔ながらの盆踊りは減ってきた。
「日本三大盆踊り」と言われるものに、「秋田の西馬音内の盆踊り」「岐阜の郡上踊り」「徳島の阿波踊り」がある。郡上踊りと西馬音内の盆踊りは国の重要無形文化民族文化遺産にもなっている。郡上踊りは念仏踊りの流れを汲み、お盆の四日間を徹夜で踊る。
他では「富山のおわら風の盆」が有名だ。胡弓の音に誘われ、夢幻の世界が静かに繰り広げられる。なかにし礼作詞、石川さゆりのヒット曲「風の盆恋歌」も人気の要因だろう。俳句の季語にもなっている。三日間で25万人が訪れる。
   日ぐれ待つ青き山河よ風の盆  大野林火
しかし何と言っても、四百年の歴史を誇る徳島の「阿波おどり」は日本最大規模である。人口26万人の徳島に146万人を超える見物客が訪れるのだから・・。市内に設けられた有料・無料演舞場、おどり広場などで、「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆同じ阿呆なら踊らにゃ損々」の囃子詞にのせ法被姿の男踊りや編み笠の女踊りが繰り広げられる。“連(れん)”と呼ばれる踊りのグループ(30から500人)があり、技量に熟達した同好の連は「有名連」と呼ばれ伝統芸能の技を磨いている。眉山の麓にある「阿波踊り会館」では専属連「阿波の風」と有名連の踊りを年中楽しむことができる。
 高知の「よさこい」は今年で62回を迎えた。「鳴子を鳴らし前進する踊りであること!」「よさこい節をベースにした『よさこい鳴子踊り』のフレーズ!」でさえあれば、衣装も振付も自由なので全国各地にヨサコイ踊りが飛び火?している。今では札幌大通り公園の「YOSAKOIソーラン祭(今年は25回)」の地名度もぐんぐん上がってきた。流行りのパーフォーマンスで、勢いは止まらない。
「おかやま桃太郎まつり」の「うらじゃ踊り」もこの流れを汲んでいる。晴の国の炎天下で、22回が開催された。“こころ晴れ晴れおかやま魂”と鬼のメイクを施した若者が、激しい群舞で鬼となった。
【うらじゃは 吉備の国にやって来た、百済の王子の名前『温羅』じゃ!見た目は鬼のように恐ろしかったんじゃが・・船や鉄、塩の作り方を教えてくれたそうじゃ・・ その温羅に感謝を込めて鬼おどりが始まった】
駅前の桃太郎像は主役を譲って高みの見物だ。
       *****
陰暦八月十五夜と九月十三夜の月を名月と言う。
 名月をとつてくれろと泣く子かな 一茶
手を伸ばせば届きそうな大きな月である。団子、栗、芋などを三方に盛り、薄の穂を活けてこの月を祀ろう!天体ショーの現在でも次の俳句は錆ていない!(寂び?・・・)
   名月や池をめぐりて夜もすがら  芭蕉
 名月や海もおもはず山も見ず   去来
 名月や畳の上に松の影      其角
 むら雲や今宵の月を乗せていく  凡兆
 名月や柳の枝を空へふく     嵐雪
 名月やうさぎのわたる諏訪の海  蕪村

 
さて沖縄の唄に「イラヨイ月夜浜」がある。夏川りみやビギンが歌っている。“イラヨイマーヌ”は宮古島方言で愛しいとか、懐かしさを思うときに使う古語だそうだ。
             ♪♪♪♪♪
 唄しゃ達ぬ夜が更け  踊しゃ達ぬ夜が更け 太陽(ティダ)ぬ上るまでぃ舞い遊ば
        イラヨイマーヌ舞い遊ば
 月夜浜には花が咲く ゆりのような花が咲く 青く白くもえてよ
        イラヨイマーヌ花が咲く
            ・・・・・・
  月ん灯(あかり)ん波に受け 戻し戻さりぃくぬ浮世 大和世まで照らし給り
        イラヨイマーヌ照らし給り
              ・・・・
    イラヨイマーヌ花が咲く

 この唄には深い悲しみが込められているのだろうか?月夜浜で太陽が出てくるまで、舞い遊ぶ・波にぬれ・ながされて・照らされて・ながされて・・・

  あお向きしとき月ありぬ一つの月 金子兜太
  わが世のあと百の月照る憂世かな  〃

「共に生きた仲間たちも徐々に鬼籍に入っている。皆の名前を毎朝唱え、皆に向き合う『立禅』を続けている」と金子先生は言う。

               やんぬるかな!


スポンサーサイト

Posted on 2015/08/29 Sat. 07:22 [edit]

category: やんぬるかな

TB: 0    CM: 0

29

遥照8月の本句会 

8月18日の「遥照本句会」に四国から涼野海音さんが飛び入り参加されました。
  万天にささやく星も秋の声      佐藤宗生
  ペン置いて覗きぬ兜虫の籠     涼野海音 
  晴れいても重い重たい八月六日  古川澄子
  鮮しき風を起こせる靑簾       森脇八重
  立秋の鏡台に増ゆ化粧水     久戸瀬孝子
  早朝の見送りデッキ露涼し     森靖子
  早く来いゆつくり帰れ茄子の馬   石井弘子
  しばらくは心リセット上げ花火    原房枝
  南無阿弥陀南無阿弥陀仏墓洗ふ 柚木寿代
  一晩でもつれてゐたる胡瓜蔓   山下卓郎
  つくつくしそろそろ息をつぐところ 工藤泰子


 写真は句会の集合写真
 岡山天文台・佐藤先生と海音さん
 試験観測所の看板を掲げているのは、当時金光町長の工藤純之介(祖父)です。
  
DSC_0150.jpg
DSC_0156.jpg DSC_0163.jpg

Posted on 2015/08/23 Sun. 19:22 [edit]

category: 遙照

TB: 0    CM: 0

23

遥照8月号 

   DSC_0033.jpg
敗戦忌あの日も灼けてゐたりけり     佐藤宗生
 紙魚走る父従軍の写真帳          花房柊林
 石仏の目線に生えし梅雨茸         甲斐梶朗
 万緑の底に窓あるロ-プウェー       中西八千代 
秋立つや沖は白帆を殖やしゐる      川崎照女
 降らずみに昏れて半夏の瀬音かな    竹地恵美
 若竹の届きさうなる天を掃く         山崎靖子
 ゆすらうめむかし級長副級長        古川澄子
 月見草百閒漱石ゆきし土手         石津淡紅 
待合に色を副えたる水中花         田中愛
 たたき土間猫と涼味を頒ち合ふ      森脇八重
 宵山や京の暑さと歩きけり         土屋鋭喜 
  瞑想の岩になりきる山椒魚         原房枝
 石橋も川面も包む花樗            森靖子
 深呼吸する雲海の分岐点         藤沢絹子
 代掻きの音一村の活気づく         石井弘子
 紫といふ母の色花菖蒲           柚木寿代
 黒南風や車窓の海の波高し        山下卓郎
 月光に浮かぶ海月の宇宙船        中西登美
 青葉風千人風呂の湯治客         浅野陽
 肉に副ふパセリの森に入りにけり     工藤泰子  
 

Posted on 2015/08/03 Mon. 16:24 [edit]

category: 遙照

TB: 0    CM: 0

03

やんぬるかな43 

やんぬるかな43 工藤泰子
  前回は、「関西俳句なう」から若者の句を拾った。
真実の口とは深し原爆忌 森川大和
映画「ローマの休日」で有名な「真実の口」のことだ。偽りの心がある者は、手を抜く時にその手首を切り落とされるという伝説を踏まえている。「真実の口が深い!」これは手を入れた者だけが知ることができる事実かも知れない。
「何がうそ何がほんとの露まろぶ 万太郎」この俳句は白神知恵子さんの句集「女坂」序文から引いたものである。「何がほんと」が気になったので、次の句と並べて紹介した。
何一つ置かぬ贅沢夏座敷   白神知恵子
白神さんというと、岡山俳人協会の大会など、入賞の常連で有名だ。どんな人だろう?と気にかけていたところに、句集「女坂」の恵贈に預かった。
出版社は「文學の森、パールホワイトの本に藤紫の帯という品の良い御本である。「あたたか」の季語に合わせ、その時期に、贈られたのだと悟った。俳句を見て行くうちに「これは?」と思い、まずは序文(安立公彦)、跋(三上程子)、あとがき(作者)と一気に読んだ。衝撃が走った!“この句集は多くの人、多くの女性に紹介したい!”と思った。
あとがきによると、河田紅村先生に誘われたのが縁で俳句に嵌ったそうで、入会(昭和59年)して、安住敦主宰、成瀬櫻桃子主宰、鈴木榮子主宰、安立公彦主宰と「春燈」一筋三十年のキャリアだ。
「女坂」の題を見て、京都の知恩院を思い出した。(家康の帰依により菩提所、門跡寺院として拡大・法然上人の浄土宗の総本山である)。山門は国宝で、現存する日本最大の木造の門である。その門を潜れば、急峻な男坂と緩やかな女坂があり、どちらからでも御影堂(国宝)へと至る。この坂を登ったであろう古人に思いを馳せながら、読み進めたい。
まずは帯文!
「後押しの風あたたかや女坂」
この「後押しの風」が擬人化されたものであり、「あたたかや」のうしろに「人」の居ることが察しられよう。「女坂」という言葉が、時に優しく、また時に、その優しさの中に、一すじの引き締まった語感をもって、読み手の心を捉えるのである。足立公彦
 ここでは、「後押しの風」に注目しよう。これには訳がある。順風満帆だと思われた人生に、厳しい風が吹いたことがあった。次の文章は辛いものだ。
「俳句を始める9年ほど前、次女を4歳で亡くし、陥った奈落から這い上る手段を種々試みた中で、俳句が最も強い味方になった」とある。
 安立主宰の序文より一部!
   お節囲むと約せしままに娘は逝けり
   知らぬ児がそつとぶらんこ押しくれし
   つらさより優しさに泣く花の冷
 
○註24年、牧師と結婚された長女も病で逝亡された
その娘さんの逝かれた日、白神さんは、「春燈」25年2月号の、「久保田万太郎の句鑑賞欄」に〈何がうそでなにがほんとの露まろぶ 万太郎〉の一文を投函。娘さんの死はその日と聞く。「久保田先生のこの句は、その時の私の心境そのものでした」と、後日私への私信の中で白神さんはそう語る。
  白い花ばかりを活けて暑に堪ふる   
  何一つ置かぬ贅沢夏座敷

ともかく俳句をたっぷり紹介しよう。過去に思いを馳せて読むと、多くの物語が立ち上がる。一行の俳句が、心の処方箋、心の栄養剤となって皆に勇気を与えてくれる。
【泣きなさい!でもちょっと切ない】
花冷や別れに慣るることなどなし
ハンカチを干せば昨日が遠ざかる
(涙も乾くといいね!)
泣くとせばホルンの音色かたつむり
 (形はホルンだけど・・音は出ないよ!)  
ぶらんこの止まれば心また揺るる

くすぶる火なだめて吾児の魂送る

【笑いなさい!でもちょっと複雑】
尺蠖の尺を取りつつ退散す
嚔して佳境の科白聞きのがす
野火煙にどろんと消ゆる郵便車
如何やうに包んでみても西瓜かな
 (大きな西瓜を丸めこむ大風呂敷)
罌粟散りて発心の頭丸めけり  
(高野山の句ならでは、発心と罌粟坊主)
新松子子等育ちてはちりぢりに
 (青松毬の松子はちぢりと読むのだから)>

【呻りました!真骨頂】
夏燕棟梁槌を宙に受け
 (燕返しと槌さばきと)
乱調の美と言ふことも鉄線花
一徹のすり減りしもの涼しく着
豌豆の生涯藁にすがるかな
(蔓は藁をも攫む・縋る)
真砂女迎へ備前卯波のさんざめく
 あるときは舟より高き卯波かな 真砂女(中国大会)
道問へば空に地図画く袋掛
初釜や佳きにほんごの交はさるる
叱らるるも妻のつとめよ麻暖簾
 (暖簾に腕押し・・少し強気?)
女竹かな皮脱ぎ捨つることをせず

うだうだと感想を書いたばかりに、句意から遠くなったことをお許し頂きたい。しかし“佳きにほんご”に触れ、それを紡ぐ人に出会えた喜びでいっぱいだ。次の句にも発見があった。
           峡暮るる蛍袋に風納め   
 風を見つけたら、蛍袋に納めよう。言葉を紡いで、魂を吹き込んで膨らませるのだ。蛍袋の風は「後押しの風」となって背中を押してくれるはずだ。
 
 話は変わるが、購読している雑誌「いきいき」の特集「言葉の力、再発見」に、俵万智さんの石垣島の暮しと、歌集「オレがマリオ」が紹介されていた。
「大きな自然を目の当たりにして、あらためて人間のちっぽけさを感じています・・。」
「残された時間の手触りを感じるようになって、心に沿わないことはせず、心に沿うことを思いっきりやろうって。」

 助けられてここまで来たよ 島ぞうりの鼻緒のかたち 人という文字  俵万智
 母さんは合っていたのか 人生に答え合わせはなくて 海鳴り   〃
   
 女坂を登り続ける覚悟・・どこか似ている。     やんぬるかな!
 

Posted on 2015/08/03 Mon. 12:46 [edit]

category: やんぬるかな

TB: 0    CM: 0

03