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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

山陽本線の車両 

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 倉敷のホームで待っていると、賑やかな電車が到着しました。
このドアは広島焼バージョンです。宮島や錦帯橋のドアもありました。
ホームは撮影ラッシュでした。
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Posted on 2013/09/30 Mon. 13:54 [edit]

category: 日常

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やんぬるかな21 

やんぬるかな〈21〉     工藤泰子

前回は藤勢津子句集「遊学(ゆうがく)」から次の句を紹介した。句集名そのままに「遊」と「学」渾然一体の詠みぶりで、爽やかな気分になった。
秋らしくなりたるといふ空と雲 藤 勢津子 
幸いにして岡山にはたいした被害はなかったが、この夏「今だ嘗て経験したことのない豪雨!」「命を守る行動をしてください!」などのアナウンスをひっきりなしに聞いた。警報の「赤色」では間に合わず、ついに「紫色」の「特別警報」も出されるそうだ。雨量の棒グラフは日本地図上を埋め尽くし、高層ビルの様に、上へ上へとニョキニョキ伸びた。
 気象庁は過去三十年の気候にたいして著しい偏りを示した天候を「異常気象」と定義している。今まさしく異常気象だと思うが、これは日本だけの問題ではない。世界中で異変が起きているからだ。
その中の一つが偏西風の蛇行で、北側に蛇行すると〈猛暑〉になる。お天気マークや洗濯指数を見て暢気に構えている場合ではなくなった。
遠方の気象変化、たとえば〈エルニーニョ現象=冷夏〉〈ラニーニャ現象=猛暑〉なども対岸の火事ではない。〈南米ペルー沖の海水温〉〈インド洋の東側の低水温と西側の高水温=ダイポールモード現象〉なども想定しなければいけない!日本沈没はもはやSFの世界ではないのだ。
ノーベル平和賞を受賞したアメリカ合衆国の元副大統領アル・ゴアの「不都合な真実」はセンセーショナルだった。過激すぎると批判もあったが、環境問題の啓発に一役買った。森林の伐採、多量の温室効果ガスの排出などはすべて人間の活動によるものだから自業自得なんて言っている場合ではない。
 赤とんぼ夕暮はまだ先のこと  星野高志
杞憂は「天が落ちてくる」と心配した周代、杞の国の人の憂いのことで、「取り越し苦労をすること」の意味である。なんの前触れもなく来る“ゲリラ豪雨”“竜巻”“突風”などが杞憂に終わってくれることを切に願う。
ここらで気分を転換しよう。日本には四季がある。中緯度にあるイタリアやフランスと同様に春・夏・秋・冬があり、花鳥風月を愛でることができる。
中国から伝わった二十四節気や七十二候を見ると微妙に変る季節を適切に表している。たとえば「処暑」の第二候は「天地始粛・てんちはじめてしゅくす」、「秋分」の第一候は「雷乃収声・らいすなわちおさむ」など、なんと詩的な表現ではないか。
ここで、武田佐自子さん(南風同人)が今年上梓された句集「匙」の句を紹介する。
こつと木の触れあふ音も秋はじめ 武田佐自子
しづけさに止りなほして赤とんぼ   〃

“コツと・・音”“しづけさに・・”秋の風情をたっぷりと詠んだ余韻、余情のある句だ。

さあ天を見上げてみよう。秋の雲は高いところにできるので、空も高くなる。(巻雲―9千m以上)
秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと  高浜虚子
飛行機雲時経て鱗雲と化す     山口誓子
秋の雲立志伝みな家を捨つ    上田五千石
ねばりなき空に走るや秋の雲    内藤丈草
鰯雲個々一切事地下にあり    中村草田男
鰯雲ひとに告ぐべきことならず   加藤楸邨

さて日本人の風や雷のイメージと言うと俵屋宗達の国宝「風神雷神図屏風」が思い浮かぶ。風袋を持った「風神」と背中に連なった小太鼓を担いだ「雷神」の滑稽味のある姿態や表情は忘れられない。
風神と雷神は「風天」「水天」のことで、帝釈天、火天、閻魔天、羅刹天、毘沙門天などと同様の「十二天」である。「十二天」とは世を守護する十二の神で、八天(四方・四維)に上・下・日・月を加えた十二の神だが、中には四天王と重なる天もいる。ともかく神々の相関図は仏教、密教、八百万と複雑に絡んでいるので実に判りにくい。
もともとはインドの最古の聖典「リグ・ヴエーダ」の神々であり、自然現象を神格化した原始的な神々であった。だから人間味に溢れ、親しみやすい。
「風天」ヴァーユは数頭立ての馬車で天を駆け抜けて悪神を追い払い富貴栄達を授ける神!
「水天」ヴァルナは水の神で、悪を懲らしめ善を勧めて風雨を整える神!本来は暴れる神ではない。他にも修羅場が語源の過激な阿修羅もいる。帝釈天と戦い続けたが、やがて仏法の守護者「八部衆」に入れられた。興福寺の三面六臂の阿修羅はすばらしく魅力的だ。
脱線するが、葛飾柴又の帝釈天と言うと「男はつらいよ」のフウテンの寅さんが思い出される。もしや風天(フーテン)の風神は寅(虎)皮のパンツで現れ人々の心をかき混ぜて行く(いい意味で)ストーリーだったのではないだろうか。「地震・雷・火事・親父」頑固親父が姿を消して、イクメンが流行る時代が来た。雷様の「臍を取るぞ!」の脅し文句でピカピカ・ゴロゴロするのはなんだか不可思議。本来の「カミナリ=神鳴り」は神様のお告げなのでは?その「へそ」にも意味がある。饅頭の「へそ」ではないが、物の中央、重要な部分である。
出べそ=でしゃばり!へそ曲がり=ひねくれもの!
臍(ほぞ)を固める=覚悟を決める!臍をかむ=後悔する!

詰る所、臍がポイントである。
いよいよ台風シーズンの到来だ。
風神が風袋を開くと風が吹く?なんて何処吹く風!
今や風邪薬の神様である。
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉    与謝蕪村
 (院政期,白河、鳥羽両上皇の鳥羽離宮) 
大いなるものの過ぎ行く野分かな  高浜虚子
倒木のまざと赫しや野分あと    岡本眸
今生はつぐなひの生遠野分    能村登四郎

野分(のわき)を辞書で引くと、野の草を吹き分ける風とある。「のわけ」には旋風、竜巻、爆風、神風などもあった。
筋道をたて野分など来るものか   中原道夫
筋道をたてる!基本の基本である。この句の「など」も大問題である。などなどなど・・なぞっているうちに謎が深まった。    やんぬるかな!         

Posted on 2013/09/18 Wed. 17:37 [edit]

category: やんぬるかな

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鯉喰神社 

鯉喰神社は吉備津神社の西方約2キロ、足守川右岸の丘の上にあります。
桃太郎のモデルの吉備津彦命と鬼の温羅(うら)の伝説の地です。鯉に化けて逃げた温羅を吉備津彦は鵜に姿を変えて、食べちゃった・・そうです。車で行けますが、ちょっと込み入っています。駐車できるスペースもあります。
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Posted on 2013/09/09 Mon. 07:47 [edit]

category: 日常

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遙照9月号 

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 ゆく雲の落としてゆけり秋の声  佐藤宗生
 浦町の路地に巡らす祭り注連   武部峯子
 病室の窓振るはせて真夜の雷   花房柊林
 目の色を変えて花選る草の市   田中愛
 草市の匂ひの中を母に蹤く    石津淡紅
 軽きもの風になびきて草の市   中西八千代
 止どまりて思案に余る道をしへ   甲斐梶朗
 無住寺の闇に蛍の消えゆきぬ   川崎照女
 妖精の踊り出でたる花はちす   森脇八重
 梅を干す時に寝返りさせもして  古川澄子
 明眸の瞳と思ふサングラス    山崎靖子
 降参の日々の猛暑を重ねけり   牧明子
 愛想よくまとわりつきし猫じゃらし 大室瀧子
 草市に出逢いし人の里訛り    原 房枝
 名も知らぬ花にも値札草の市   久戸瀬孝子
 淡々と残りし朝の月見草     山下卓郎
 草市や今は昔の道の駅      土屋鋭喜
 草市に破れ蓮葉の売れ残る    木下伯忖
 走馬燈まはすは常世よりの風   工藤泰子

Posted on 2013/09/01 Sun. 08:22 [edit]

category: 遙照

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