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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

中野弘句集 メメント・モリ「死を思へ」 

中野弘 句集
メメント・モリ 「死を思へ」   に寄せて   工藤泰子            
目次は「青熊野」「天狗」「カラマーゾフ」「純愛派」「夏目雅子」「果無」「無垢」の七章と「あとがき」で一ページを使っています。この章のどれもが、こだわりです。どこがどう繋がっていくのか・・独立しながら、地下水脈が流れている音を聴きながら、読んで??詠んで??呼んでみました。ますます困りはてました。
  「青熊野」
軒に注連青田に帛を張る熊野
睡りさめ睡りさめ青熊野去る
補陀落へ梛の病葉散る頃に
メメント・モリは「死を思へ」の意春愁
閉づる力失せたるチューリップ散る

眠りでなく睡り!さめてのSと去るのS・・青熊野が蘇りを約束している。
「天狗」
榧の実落つ天狗の仕業と思ふ程
青空に触るる音して銀杏散る
青空のひりひり炎ゆる冬紅葉
初夢の氷山大崩壊をせり
落ちる日を引き止めてゐる花菜の黄

 ひりひり痛みを伴う音がする。本来ならば紅葉が染める空は美しいのに・・これは散っていく冬紅葉のなげきの音だろうか?
 「カラマーゾフ」
立秋の朝カラマーゾフ読了す
桃一顆食べし充実足裏にも
曼珠沙華ポケットの手が熱くなる
二日とも月早く出て妻の留守
こぶしほどの雲に冬日のかげりたる

 かげり・・この句集を通して闇への暗示がある。「カラマーゾフ」が題だし・・哲学的なバックグランド・・後ろ姿がある。雲はこぶしほどなのに!

 「純愛派」
糶り終りたる蟹表返へさるる
龍の玉わが青春は純愛派
春の虹誰にも告げず見てゐたる
スイトピー口付けしてよといふ容
牡丹の風におくれて揺らぎけり

 おくれて・・この微妙な時間のズレに気づくことが俳人のすごさなのだ。”だれか風をみたでしょう?”見た人はきっと旅人に違いない。
  「夏目雅子」
夏目雅子に似たる眼涼し阿修羅像
青草を被せ焚火の火を伏せる
失いたくなきもの抱きて枯野行く
毛糸編む妻に言葉をさがしをり
大和三山ことに香久山春かすみ

 妻の俳句の中で一番好き。毛糸は編み直しが効き、リセットもできる。サイズに合わせて、色やデザインを変えることも・・しかも棒は二本なんですよ。この無尽蔵にある空間を編む作業をもくもくとされている姿をなんと言えばいいのだろう「男物?僕の?それとも孫?」
   「果無」
赤とんぼ宙にとどまりとどまり飛ぶ
海の日や靴を出船にぬぐ習ひ
草紅葉果無峠の登山口
猪垣はなし果無の穭田は
果無へ果無へ冬天へ冬天へ
 
海軍?でしたよね。だから出船なのだ。習慣は運命になる。マザーテレサの言葉より。(思考・言葉・行動・習慣・運命これがキーワード)
   「無垢」
一人でもいいけど誰か来てもいいコスモス
死に頃の顔かと思ふ初鏡
風船爆弾の紙も漉きしと八十路翁
遺影にする頃合ひの顔初鏡
突込めばまくなぎちやんと躱し群る
 
初鏡の句はどちらも外せない。最初は思う!次には断定!!
まくなぎはまた元通りに群れていて・・自分の突撃はなんだ!躱された!これも悟り?の境地。
        
あとがきに「おそらく私の最後の句集だと思われる」とある。だから「句集名」も「死を思ふ」!これを読むには「まだまだ!!」なんて言葉は置いておいて・・・こちらも直球勝負した。太宰のように安吾のように・・愛された自我を言葉の中に見つけて行きたいと思い、5句ずつ抜き出した。俳句として・・ではなく、中野弘像の浮き上がる句を選んで・・・。
愛とか恋とか青春とかとか・・・いつまでも青い言葉が好きです。だから青熊野の青を見たとき・・・・青が虹になるなんて思って混乱しました。ポケットの虹で火傷しないでくださいね!
蟻を踏まぬ核を持たぬと同じ心  中野 弘  
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Posted on 2014/07/20 Sun. 07:54 [edit]

category: 句集の感想・鑑賞

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島村正句集「飛翔」を読む  「宇宙」83号 

句集「飛翔」ありがとうございました。
大鷲の視座に不朽の雪の富士
表紙の“大鷲の視座”を私も欲しいと思いつつページをめくりました。
「永劫」「富士」「伊勢」も読ませていただいていますが、大鷲となって富士を見るという壮大さは格別の境地ですね。
ここで、「伊勢」の句と並べて鑑賞したいと思います。
伊勢 徒ならぬ一歩一歩よ日脚伸ぶ  
飛翔 しんがりの渡り納めに日脚伸ぶ 
お参りの一歩はしっかりと地についたものですね。「日脚伸ぶ」の季語が、伊勢神宮の天照大御神にも言及しているようで、上手さを感じました。
宇治橋の架け替えによる、渡り納めの句は「しんがり」と季語が効きました。いよいよ通行止めになった次の句「宇治橋は風のみのみち風光る」では、季語の「風光る」で神秘的な神の存在を言い得たのではないでしょうか。
伊勢 永劫の唯今の今秋高し
飛翔 安寧も無為の一日も秋高し
  「秋高し」では、空を見上げる距離感を思います。「遥か!」なものに、唯今も今も、いつもいつも、真剣な眼差しがあります。
前置きが長くなりましたが、大好きな一句は、 「浅間神社の一句」 です。
姫宮を飛ぶ彦の蝶姫の蝶
 富士山を読ませたら・・ピカ一の先生にとって、浅間神社の御祭神、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)はどのような存在でしょう。神話では、桜の花が咲き匂うような美しい姫君で、高天原から降臨した、天照大神の孫の、ニニギノ尊のお妃です。天孫が寿命の長さを保証する姉の石長比売でなく木花咲耶姫を選んだことで、寿命ある存在になりました。命は花のように儚い・・。その花を蝶々が訪れています。まるで、舞楽のように彦の蝶と姫の蝶が飛んでいます。これを私は「やわらかい飛翔」と思いました。大鷲の厳しい視座には雪富士を!そして、姫宮の蝶々には優しい眼差しと飛翔で!

Posted on 2014/06/22 Sun. 09:03 [edit]

category: 句集の感想・鑑賞

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