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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな67 

やんぬるかな67     
一枚も山田荒らさずほととぎす 茨木和生
前回は時鳥の句を紹介した。先月の兼題の鑑賞をさせてもらったが、次の句について書いた。
陶芸の峡の煙突ほととぎす  石津淡紅
最近、陶芸を始めたので、陶芸の峡とほととぎすの取り合わせに惹かれたのだ。「陶芸の里、峡は、たいがい山の中にある。その土地の土がその陶土となるからだ。燻された煙突と深い緑の森の大自然を、ほととぎすがほしいままにしている。」と書いた。作者は後で判ったのだが、やはりこの峡は岡山の南東部の備前だろう。
日本の都道府県のシンボルに「県花」・「県鳥」が 郷土を代表するものとして選定されている。新潟なら、「チューリップ」と「鴇(とき)」、兵庫は、「ノジギク」と「鸛(こうのとり)」などが有名だ。岡山は「桃の花」と「雉」である。以前は「時鳥」だったのだが、94年から「きじ」に変更された。理由はホトトギスの托卵性の習性からくるイメージや、親近感が薄いことなどの意見があったとのこと。桃太郎伝説の国には「桃の花」と「お供の雉」は確かにぴったりだ。
托卵とは=ブラッド・パラサイト。郭公や時鳥など、自分で抱卵や育雛を行わず、他の種(宿主)の巣に卵を産みつけて、育ててもらうことをいう。托卵された卵は他の雛より早く孵化し、他の卵を巣の外に押し出す。産まれつきそのプログラムが組み込んであるとは・・驚きだ。タイムリミットは、他の雛が孵る三日以内。一羽になった雛は、仮親の庇護を独占して大きく育つ。ビデオで見たが、俄かに信じがたかった。
さて、正岡子規の雅号は「子規」つまりホトトギスの異称である。結核を病み喀血した自分自身を、血を吐くまで鳴くと言われるホトトギスに喩えたものだ。
喀血をした22歳(明治22年)の時、「子規」を名乗り、31歳で、高濱虚子に句誌「ホトトギス」の編集を命じている。自然をありのままに客観的に詠み出す「写生」の説を立て俳句の新時代を築いた。
明易や花鳥諷詠南無阿弥陀  高濱虚子
誰が為に花鳥諷詠時鳥    京極杞陽
 
さて世界短小詩の俳句の中心は季語!そして、言いたいことは欲張らずに、一つに絞る!
芭蕉の「笈(おい)の小文(こぶみ)」に
「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休の茶における、其貫通する物は一(いつ)なり」とある。
水墨画も、白い空間があってこそ、墨絵の部分が引き締まる。性能の良いカメラが普及して、誰でも撮れそうな“写真”だが、構図や切り取る感性で、違いが出る。目に映ったものを絞り込み、引き算をする。瞬間を切り取るのも俳句と同じだ。
「描かざる美、いわざる美」それが日本の美意識!「いいおほせて何かある・芭蕉」と言うわけだ。

 もう一つ、大事なことが、「切れ!」。表に出さず、感動をせきとめて切る。言葉にあらわれているのは氷山の一角・・十七文字の不自由な型を逆手に取って切れを使えば、想像の余地が増える。不自由に思える型に慣れれば、楽しく遊べるようになる。人間はホモ・サピエンス(知恵の人)であり、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)なのだから。
 いよいよ桃の季節の到来だ。岡山の白桃ぐらい美味いものはない。その昔、是非にと頼まれて、竹籠に入った白桃を、岡山駅で、買い求め、東京の親戚へのお土産にしたことがある(車内販売?)。東京弁では果物のことを水菓子と言っていたが、桃はまさしく「水菓子」だった。
 そこで今回は桃の句を選んでみた。
 中年や遠くみのれる夜の桃    西東三鬼
桃の種桃に隠れむまあだだよ   中原道夫

(この後、結社「銀化」立ち上げる)
缶詰の桃冷ゆるまで待てぬとは  池田澄子(摂津幸彦への追悼句)
 洗はれし白桃水を拒みをり   朝妻力  今年度の岡山県俳人協会俳句大会のゲスト選者)
「桃」は異世界と、この世を結ぶ不思議な果実である。
中国の崑崙山(こんろんさん)にすむという仙女、西王母(さいおうぼ)が育てる桃の霊力にあやかっている。この仙女の桃(三千年に一度開花し、三千年に一度しか実をつけない)を食べると、不老不死になるそうだ。最近、奈良県桜井市の纏向遺跡で、2千個にも及ぶ桃の種が大量に発見され、卑弥呼の墓!と騒がれ「邪馬台国大和畿内説」が元気づいた。明らかではないが、桃は祭祀に使用していたのだ・・と!桃には霊力がある。桃の節句、桃酒、桃太郎の鬼退治・・。
西東三鬼の「桃」は現代の桃源郷?

「遥照」では、すっかりお馴染みの四国の若手俳人涼野海音さんの快挙の知らせが届いた。「俳句」七月号で佐藤文香・中山奈々・黒岩徳将・堀下翔さん等と、若手29名の競詠にも選ばれている。
祝「第5回俳句四季新人賞」
 「天へ発つ」涼野海音  (30句より)
屋上に一人のバレンタインデー
踏青のみな太宰より若きかな
滝水のひかりが胸に移りたる
日輪のかすかに暗し青芒
起し絵の幼帝に日の差しにけり
箱庭の真ん中に置く一樹かな
読初の銀河鉄道天へ発つ

「前所属結社の「火星」「草蔵」では、客観写生を叩きこまれてきたが、これは私の俳句の方向性だと確信している。季語の現場に出て、しっかりと物を見て、自らの実感を重視し具象的に詠む。これが私の目指してきた俳句である。海音」
  新人賞奨励賞からも一部・・
「交信」 鈴木加成太
嘘なべて恋とかかはる日永かな
扇風機つけてポラリスとの交信
鳴らすたびギターが思ひ出すキャンプ

新鮮な俳句がいろいろ出てきたが、FB(フェイスブック)で交流のある金子敦さんを紹介しよう。
※1959年生まれ「砂糖壷」にて第11回俳壇賞受賞・・俳句会のスイーツ王子としても有名だ。
さざなみの形に残る桃の皮   金子敦
無花果の中に微細な星あまた    〃 
夏休みマーブルチョコの赤青黄   〃  

少年のような感性、やわらかく、やさしいタッチの俳句が魅力的だ。“猫大好き俳人”として始まったお付き合いだが、猫のようなスタンスに癒されている。
第5句集「音譜」から
ボンカレーの看板錆びて花カンナ  金子敦    
噴水はまこと大きな感嘆符      〃

つぎつぎ音楽の様に、生みだされる噴水と俳句が・・・・ああ感嘆符!
             やんぬるかな!

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Posted on 2017/07/23 Sun. 07:50 [edit]

category: やんぬるかな

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23

やんぬるかな66 

やんぬるかな66  工藤泰子
爛々と昼の星見え菌生え    虚子
前回は、人類学者の中沢新一氏と小澤實氏の対談集「俳句の海に潜る」から、アニミズム俳句として、芭蕉、山口誓子の句などを紹介した。小澤氏は、虚子のこの句をアニミズム俳句と証し、次の様に評した。
「昼の星のスピリットと菌を流れるスピリットが、相互貫入を起こし染み込み合っているのを感じる」
季語の菌(キノコ)は秋!山本健吉の解釈に、「空に大白星(金星)、地には紅天狗茸か月夜茸・・・・抽象的絵画のよう」と言う説、一方「輝いているのは、実は”昼の星”ではなくて、作者自身の眼光なのである」という説があり迷うところだ。もし、現実なら、虚子に当日見える可能性のあった星としては土星しか考えられないらしいが・・。
さて「遥照」の誌名の由来が、本の裏表紙に書いてある。1960年、遥照山の嶺続きの西の山頂(竹林寺跡地)に晴れの国にふさわしい国立天文台=岡山天体物理観測所(東京大学東京天文台の付属施設)が開設された。
開所当時、188cmの反射望遠鏡は日本一の大きさだったが、ハワイのすばる望遠鏡(口径8.2m)、兵庫県のなゆた望遠鏡(口径2m)にトップの座を明け渡してしまった。これらは単一鏡である。ちなみに、世界一のグラハム山国際天文台(アリゾナ)は11・9mだが、2×単一鏡である。
この度、隣接の地に開設される「京都大学天文台ドーム」の完成が間近となった。
「夢の天文台・宇宙一の天文台」「宇宙人を最初に見つけよう!」「第二の地球探し!」などと、広報活動も盛んだ。PR動画を見ると、国内最大3・8mの新技術天体望遠鏡で、18枚の分割鏡を並べ、直径、3・8mの一枚の鏡にするものと謳われている。見た目は蜂の巣やジャングルジムのようだ。浅口市は「天文台のまち、あさぐち」として岡山天文台博物館のプラネタリウム改修、展望デッキの整備をし、万全の態勢だ。これが観光の目玉になってくれることは間違いない。マスコットキャラクターの“ドームくん”の胸元には、大きな星が輝いている。

天文台や宇宙のマクロな話も良いが、望遠鏡の世界から顕微鏡!ミクロの世界に眼を向けよう!
それは、どこにでもある「苔」の世界だ。
以前、金光町の植木祭の講習で、「苔玉」作りをした。植物の根を土で包み、その周りをハイゴケやスナゴケで、固定する。箱庭のような小宇宙が出現し、癒しの空間となる。
「苔」は草花や樹木と比べると、体の作りはとてもシンプルで原始的、植物の祖先に近い存在で、実に変わった生き物だ。地球に苔の祖先があらわれたのはおよそ4億二千万年前。恐竜より前のことだが、はるか昔から現在まで、ほとんど姿を変えていない。「苔」は苔類、蘚類、ツノゴケ類、地衣類などに分類されるものの総称で、日本には、千八百種、世界には約一万8千種もある。
繁殖は、体の一部からでも芽生えることができる。無性芽といって、瘤や髭,円盤のようなものを付けたり、ばらまいて殖やす。まるでアニメやSFに出て来そうな、未知の生き物のようだ。乾燥しても、死んだふりをして、チャンスがあればすぐに繁殖する。ミステリアスなミクロの世界がある。
苔の花と呼ばれるものは、これらの苔類から立ち上がる生殖器官で、正確には花ではない。苔類では雌器床、雄器床がそれであり、蘚類や地衣類は胞子嚢がそれである。白い兎が飛ぶような「うさぎ苔」をもらったのでルーペで観察して喜んでいたが、アンテナの様な突起は花ではなかったのだ。貴重な種類だったのに、翌年には出て来なかった。
さて、夏の季語「苔の花」もこれを踏まえて見ると面白い。深い森や古い寺のイメージが付き物だが、「苔の花」の句をいくつか紹介しよう。
父母よりも古る兄の墓苔の花  山田弘子
鏡石にも老斑や苔の花     鷹羽狩行
水打てば沈むが如し苔の花    高浜虚子
豪商の裔は住まはず苔の花    中村三千年
水かけて明るくしたり苔の花   乙二
 仏ともただの石とも苔の花   森本林生
尼老いぬ日の澄みに苔花ひらき  長谷川双魚
香もそれも寂光院や苔の花    飴山實


話は変わるが、なかなか聞くことができない鳥の声に「ほととぎす」がある。音が出る機能のある、電子辞書で聞いてみたが、本物は久しく聞いたことがない。絶滅危惧種になるのではと心配になる。
そんな時、「深海」69号の「楸邨俳句を読む46」を読んでなるほど納得した。
ほととぎす人間こゑを断ちにけり 加藤楸邨
中村正幸主宰(楸邨の直系)の文章は、いつも示唆に溢れている。有名な次の句との比較も的確だ。
谺して山ほととぎすほしいまま 杉田久女
【大自然をほしいままに独り占めするほととぎすの圧倒的な力を見事に描いて入る・・】
楸邨のそれは、【人間探究派らしく、強く人間を自分に引きつけて描いている。「ほととぎすの声を愛でるために声を発するのをやめたというのが事実であるが、「人間」という言葉を使い、「こゑを断ちにけり」という強い言葉を使っていることに楸邨の内面の強い思いを感じる】【ほととぎすの必死の生に対するには、人間として対峙しなければならないとの思いからである】【「声を断つ」のは、命をかける程の決意で聞いているぞとの思いである。】
因みに「やんぬるかな64」で紹介した
「寒雷山脈」=青柳志解樹・今井聖・金子兜太・森澄雄・中村正幸・矢島渚男・・・、
「沖水脈」=鈴木鷹夫・中原道夫・正木ゆう子・・等の系譜は念頭に入れておきたい。
時鳥の聞き倣(な)しは、「テッペンカケタカ」「東京特許許可局」だ。一度だけ、運河の吟行で聴くことができたのは、僥倖だった。
寺に来し甲斐ありとせば時鳥   茨木和生
一枚も山田荒らさずほととぎす    〃

桜」を「滝」を「山」を守る!「自然を守る活動」を推進している先生の句である。
やんぬるかな!

Posted on 2017/06/29 Thu. 12:40 [edit]

category: やんぬるかな

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29

やんぬるかな65 

やんぬるかな65  
 前回は、「ももももももも句会」の真紀さんの句で終わった。右脳、左脳を動員して読み解こう。
土砂降りの街を漂う海月かな   岡崎真紀
若者の俳句を映像化すると、どこか漫画の絵コンテの様に見えてくる。先日のNHKの俳句は、若手俳人の高柳克弘さんとゲスト漫画家の浅野いにおさんだったが、二人の話を聞いてますますその意を強くした。
漫画世代だからとネットで海月を検索すると、『海月姫』があった。これは、「己の趣味のみに没頭するオタク女性」の話だから、揚句とはかなり別次元だ。やはり海月・水母・水月・クラゲの持つイメージを再確認しよう。刺胞動物門に属し淡水または海水中に 生息し浮遊生活をしていて、ゼラチン質のぷよぷよな体。”無い”もののたとえに「水母の骨」、ことわざには「水母の風向かい=無駄な事」、「水母の行列=勝手気ままに浮いて、きちんと並んでいないこと」などがある。”骨太”と真逆のクラゲはまるで、エイリアンの様だ。”土砂降りの街!”そこは、まるで水中であるかのような世界!海月となって浮遊している女の子がいる!そんな場面を描いてしまった。
さて“土砂降り”という悪条件にクラゲは打ちのめされないだろうか?いやいや寧ろ水中でこそ力を発揮できるのだ。若さという可塑性を強みに漂うのだと・・。
 他にもいくつかの海月の俳句を見ながら、海月の気持ちになってみたい。
  海中をいそぐ海月の三度笠 小林英昭(滑稽俳句)
  水母よりビニール袋浮き上手   茨木和生
  水面に浮き上がらずに水母浮く   〃
  わだつみに物の命のくらげかな  高浜虚子

水から上げるとすぐに溶けてしまうくらげを「物の命」と言い切った。わだつみは、「海神」の事だ。わだつみとくらげの関係は深遠としか言い表せない。
  乳いろの水母流るるああああと  吉田汀史 
漢字で「水の母」と書くと乳いろが生きてくる。ああああと・・原初の音は「あ」から始まるのだ。言葉を超えた言葉ではないか。清水哲夫氏の言葉を借りると、「水母から見た人間はどうなのだろうか。私たちは自力で歩いているのだが、彼らにはただ風に漂い翻弄されているだけと映るかもしれない。それも、やはり「ああああ」と啼きながら……だ。句からは、水母のみならず、生きとし生けるものすべてが「ああああ」と流されていく弱々しい姿が、さながら陰画のように滲んで見えてくる。」   
「ああ・・」十七文字の宇宙に漂ってしまった。海月が宇宙ステーションの様だからなどと単純ではない。
       ***
 俳句をジャンルの違う人が解説すると「目から鱗!」楽しい。金光図書館で「俳句の海に潜る」(角川書店)を借りてきた。思想家で、人類学者の中沢新一と俳人の小澤實さんの対談である。中沢さんの前書きに、    
そら豆はまことに青き味したり  細見綾子
【この句を見て私はいきなり古代ギリシャの哲学集団ピタゴラス派の戒律のことを思いだしてしまったのである。ピタゴラス派は教団内で蚕豆を食べる事を厳禁した。・・ある哲学者の説によれば、女性を連想させる・・だそうだ。エロティックな俳句ですことと、私は口走ってしまった。】
これが、小澤さんと出会いだそうだ!誰もが良く知っている次の俳句も彼が解説するとこうなる。
閑さ(しづか)や岩にしみ入る蝉の声  松尾芭蕉
 【この句はまさにアニミズムの極地でしょう。〈岩にしみ入る蝉の声〉と言うとき、蝉を流れるスピリットと岩を流れるスピリットが、相互貫入を起して染み込み合っています。それが〈閑さや〉というわけです。この立石寺という寺は、昔は死者の谷と言われたところです。山の中にはいっぱい横穴墳墓があって、あの地帯に住んでいたエゾ系の人々の埋葬地として使われていました。そこに立石寺というお寺が建てられた。お寺というのは先ず例外なく埋葬地に建てられるものでした。芭蕉にもその知識は十分にあったと思います。人間の体(骸むくろ)から自由に、つまり休止点から自由になって見えない流れに戻った霊が、しばらくの間はあの谷にうじゃうじゃ居るのです。・・・元禄当時ならそういう知識もまだ日本人の中に十分残っていましたし、立石寺のお坊さんであれば、そのことを怖いほどリアルにしゃべっただろうと思います。・・・今は観光バスが停まって開けた場所ですが、昔は一面の森に覆われた細い一本道をたどっていく場所です。・・人っ子一人いないような山道を、小一時間歩いて、ふっと見上げるとそこにお堂があらわれてくる。・・そんな世界・・・だから人間の体という容器から外に出て来たばかりの霊たちが、いっぱい群れ集まっている。そういうところに、土中から出てきたばかりの蝉が鳴くのです。そこには土中から立ち上がってきた岩もある。大地、岩、蝉、死者霊、それらすべてが相互貫入しあう世界。芭蕉は全感覚を開いてその全体運動を感知しています。そしてこの俳句が生れたこれは。とても凄まじいアニミズム俳句です】
中沢さんの仕事はアースダイバーと言う。直訳すれば、大地(地球)に潜る人のことだが、思想的に潜る!と理解しよう。今回は「俳句の海に潜る」という切り口で「俳句が、言語の中でも特にメタファー(暗喩)の能力をフルに使う」ことと、アニミズムとの深い本質的なつながりに言及している。彼によると
【詩は人類最初の芸術です。人類が生れたとき、詩も同時に発生したのではないかと思うのです・・脳の中に流動的知性が発生すると、今まで分れていたジャンル同士をつないでいく精神の運動がおこります。その能力が発生した瞬間に、根源的なアニミズムが同時に発生するのです】とある。

また、前衛俳句の代表みたいな金子兜太さんも、古代人の本質につながっている!と主張する。 
 アニミズムらしい俳句を小澤實さんが選句している。
 採る茄子の手籠にきゆァと鳴きにけり飯田蛇笏
人来ればおどろきおつる桐の花   前田普羅
 蟋蟀が深き地中を覗き込む   山口誓子
 おおかみに螢が一つ付いていた 金子兜太
 
一口でアニミズムとは何だろう?
「宗教の原始形態の一つで、世界のすべての事物に霊魂や精神が存在すると信じる心的状態」のことだ。聖地とか聖所というのは神社が出来る前からあった。古墳時代や弥生時代、縄文時代、旧石器時代を生きた人たちの信仰心はもっとずっと深かった。そこにつながっていくルート?生命力の根源?にたどり着きたいと旅をする。芭蕉はなぜ東北に行ったのか?「俳句はこのままいったら言葉のゲームになってしまうかもしれない」という危機感を持ち、古代的感覚への「通路」を作ろうとしたからと言う。芭蕉は縄文的な感覚を持ったアースダイバー俳人だからだ!と。
雲の峰幾つ崩れて月の山    芭蕉 
小澤實さんも虚子におけるアニミズム俳句を検証して次の様に評した。
「昼の星のスピリットと菌を流れるスピリットが、相互貫入を起こし染み込み合っているのを感じる」

爛々と昼の星見え菌生え    虚子    
    やんぬるかな!
 

Posted on 2017/05/26 Fri. 07:36 [edit]

category: やんぬるかな

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26

やんぬるかな64 

やんぬるかな64  工藤泰子

  一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己
嬰生まるはるか銀河の端蹴つて   〃  
 前回の“一歩”の句の小澤克己さん(「遠嶺」創刊・主宰)は、七年前四月、胃癌で六〇歳で亡くなっている。宇宙との一体感、人と自然を一体として見る「情景主義」を提唱、句集には、「青鷹」「爽樹」「オリオン」「風舟」、評論に「新艶の美学」等がある。
右脳より左脳へ桜吹雪かな    小澤克己
身体を言葉で計測する試みもした作者だが、さて桜は、どこへ吹雪いたのだろう。
たしかなことは判らないが、「右脳」は「イメージ脳」=アナログ、「左脳」は「言語脳」=デジタルと言われている。だから、右脳で、感じたことが、左脳で、言語化してゆくのだろか?桜吹雪の最中にいて、刻々と言葉を得て行く恍惚感を感じたのだが・・
風が噂ひろげしほどの芽吹山   小澤克己
西行の目をもつて入る木の芽山   〃

前掲の芽吹山の句では、風が噂ひろげし!のユニークな発想が、進行形の芽吹きを見せてくれる。西行の「目」と木の「芽」の対応により、西行の桜にまで、視点が広がるようだ。
鴨引きし湖あたらしき空を負ふ  小澤克己
夏霧をはらひ六十路の舟を出す   〃
静かに舟を出してゆく。「出す」という自発的な意思もありながら・・亡くなってしまう。「舟」という言葉に希望を込めたのではなかったのか。
小澤氏は1977年、「沖」に入会し能村登四郎、林翔に師事。1980年「沖」同人となる。今、俳句界で活躍する俳人の多くは、「ホトトギス」の高浜虚子、「馬酔木」の水原秋櫻子、「天狼」の山口誓子の流れを汲んでいる。それ以降では、現代俳句に人材を送り出したのは、加藤楸邨の「寒雷」と、この「沖」ではないだろうか。山脈と水脈の系譜は次の様だ。
「寒雷山脈」=青柳志解樹・石寒太・今井聖・金子兜太・澤木欣一・中村正幸・森澄雄・矢島渚男・・・
「沖水脈」=林 翔・福永耕二・鈴木鷹夫・今瀬剛一・大牧 広・吉田汀史・中原道夫・小澤克己・正木浩一・正木ゆう子・・・・
 
さて、話を身近に戻そう。3月18日に岡山県俳人協会総会が開催された。遥照には現代俳句協会の人もいるので当日句会のことを少し紹介しよう。不肖私も、昨年に続き、司会者を仰せつかったので、夏井いつき先生をもじり、“春野たんぽぽ!”と名乗り、盛り上げを図った?いつき組の黒岩徳将君が「ももももももも句会」の若者5人と参加してくれたこともあり、いささか悪乗りしてしまった。「も」の字が7つ?早口言葉みたいな「もも・・句会」の活動とは?
【青春を俳句に懸ける!】このキャッチフレーズどおりの若者たちは、俳句甲子園の勇者たちである。今回、黒岩君は、自身が執筆した「俳句甲子園をふりかえる」【俳誌要覧(2017年度)】の本を手に、「もも・・句会」には、他県からの参加もあり、活発に交流、活動する様子が報告され、会場は大いに盛り上がった。 
さて当日、168句(84人)の中に彼等の句も交じり、活発な句会となったのは、間違いない。では、
注目句、関係者(遥照)の句と彼等の句を見よう。      
シーソーの一人抜け出す蝶の昼  島村博子
さへずりや散らかりやすき文机  松尾佳子
胎動はしづかに強し玉椿     畑  毅
待つといふ豊かな時間春の雲   武田佐自子
閉校や囀の空残すのみ      綾野静恵
啓蟄や地下路線図の込み合ひて  佐藤文男
粋の字の印半纏初つばめ     大倉祥男
木の芽風村の小字を名乗る橋   森脇八重
うららかに羽全開の鳶の笛    安藤加代
鳥の水脈扇状となる春の池    久戸瀬孝子
古井戸のポンプぱふぱふ猫柳   工藤泰子
      〈もも・・句会〉
火焔土器よりてふてふの骸かな  黒岩徳将
黒々と城のうつれる石鹸玉    竹中佑斗
国はなほ桜を愛しつづけたる   瀬崎雄太
クローバを飾るあたらしい生活  大原里梨歌

今年、第20回全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)は8月18・19・20日に開催される。
昨年、岡山の就実高校はベスト6の快挙で、団体奨励賞を受賞したそうだ。坂口くんは個人賞に輝いた。
鉄琴の全音天の川に足す     坂口渚 
テレビで、俳句甲子園の戦いを見ることができる。たまたまスイッチを入れた時、岡山俳人協会幹事の畑毅さんと古川明さんが審査員をされていた。会場は、松山の繁華街、大街道で、そのアーケードの天井から大垂幕に書かれた両チームの俳句が掲げられる!創作力(10点満点)と作品の鑑賞力(3点満点)を5人の審査員が採点し、旗を上げて勝敗を決する。最後までハラハラ・・運動会の綱引きの様で実に面白い・・。
地方予選は6月11日に岡山県立図書館ホールで開かれるので、ぜひ応援に来てほしいそうだ。
彼等はどんな風に俳句を作っているのだろう。
巻末に落書きのある春休     竹中佑斗
燕来るポニーテールのゴムは切れ 大原里梨歌
高架下ノイズの中に初蝶来    坂口渚
太陽に公転しゃぼん玉生まる   瀬崎雄太

これらの自由な発想は右脳で解釈する必要がある。
鯛焼の頭を見せて入場す     黒岩徳将
鯛焼(冬の季語)が「頭を見せて」〈中七〉に、重大な意味があるのだろう。「頭」から「尻尾」まで「餡子」が入っている鯛焼きなのか?残念な鯛焼なのか?そもそも「餡子」なのかどうか?句意は深いのかもしれない。
土砂降りの街を漂う海月かな   岡崎真紀
真紀さんは、どのような街を詠んだのだろう。海月のイメージは宇宙船の様だ。右脳と左脳の両方を稼働させて、俳句の海原を漂ってみようか。   
やんぬるかな!

Posted on 2017/04/27 Thu. 17:14 [edit]

category: やんぬるかな

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やんぬるかな63 

やんぬるかな63  工藤泰子
前回は「ことばの翼・詩歌句年鑑」の谷口氏の五句から、二句を紹介して終わった。一つは、昨年の角川俳句賞予選通過の「西ようず」の句。「ようず」は春先に吹く季節風のことである。
「春宵」の句の意味は量りしれないが、とりあえず健次との接点から探ってみよう。
海底は沈木の森西ようず     谷口智行
春宵の水甕健次の量(かさ)と思ふ  〃
 

「健次」とは、戦後生まれ初の芥川賞作家(46歳の若さで夭折)中上健次のことだ。受賞作「岬」の他「枯木灘」「地の果て至上の時」「熊野集」等がある。辞書を引くと「紀州熊野の風土や地縁血縁関係を描き、民族・物語・差別の問題を追及・・・とある。
 そもそも一回りも年齢が違う健次と智行(以下敬称略)の出会いは?熊野大学(健次が呼びかけて茨木和生、宇多喜代子氏が参加!・智行が俳句を始めるきっかけになる)までのことは、智行の「歌びとたちに描かれた熊野!『熊野、魂の系譜』(2014年)」の「中上健次論」に詳しい。
※筆者(智行)が語れることは、自身が新宮の春日地区と道一本隔てた伊佐田地区に育ち、幼い頃から此処と其処を行き来し、ごく自然にこの町に親しんだという点に尽きる。・・・新宮高校への自転車通学の際にも必ずこの踏切と健次の名づけた三叉路「天地の辻」を通った。※これらが原風景となった。
彼が「運河」編集長に就任した年のキャンプは勝浦で開催された。ホテルからは遠く那智の滝も見えるロケーションだ。吟行の途中「シーサイド北浜」と言う古ぼけたマンションを訪れた。そこの307号室こそ、健次の嘗ての仕事部屋であった(表札も残されている)。信じがたいことに、その真下の207号室を彼の父上が所有されていた時期があり、階段で健次とすれ違ったこともあったそうだ。
2010年に「『日の乱舞 物語の闇』熊野を詠むを出版したとき、なんと中上健次の自筆の題箋が表紙になった。墨痕の盛上がった書そのままの力強い装丁だ。この色紙は茨木先生から「テーマにせよ!」と渡されたものだった。本の帯文には「熊野二千年の光と闇を直視する先に熊野に生きる人々の素朴なる哀歓のつぶやきが聞こえる」とある。健次のメーセージを受け継ぐ運命?地縁だったのか!
 前出の俳句、【健次の量(かさ)】については、『魂の系譜』の中から「列伝それぞれの熊野」の中村苑子の文を引用して、その水の考察とする。「死と再生」の舞台”熊野”に相応しい!と思ったからだ。
【・・(佐渡のお寺の)遺骨を東京のお墓に移そうと
掘っていただいたんです。そうしましてね、蓋を開けてみると骨がございませんのよ。びっくりしましてね、そこで住職の顏を見上げましたら、何気ない顔で「月日が経てば水になります」とおっしゃるんですね。・・・無常感というか、人間って侘しいものだと思いましてね・・・考えてみると人間って結局水で出来ているわけでございましょ。】
  桃の世へ洞窟(ほこら)を出でて水奔る 中村苑子      
      ※※※
 さて、今年の角川俳句大賞は、松野苑子さんに決まった。現代的で素直に好きな句だ。
    「遠き船」  松野苑子
春の日や歩きて遠き船を抜く
帽子屋に汽笛の届く春の暮
春愁の旗立つやうにフラミンゴ
出目金のいつもどきどきしてをりぬ
断層の上に国あり昼寝覚
瘡蓋がシリアの形熱帯夜 

今回も谷口智行氏は「薬喰」「西ようず」に続き予選通過を果たした。彼の句に流れている地下水脈はとてつもなく深く、重く?容易には理解できない。表題の「森よ、」の呼びかけには、立ち止まらなければいけないメッセージも感じた。著書の中に『森を歩けば』「慕わしや、森」「嗚呼、森よ」と言う文章を見つけた。「ヽ」へのこだわりにも留意する必要を感じたい。
「人は百年、木は千年、石は万年」と言われる中、百年しか生きない人間が、しかもここ三十年から五十年の間にとんでもないことをやらかしてしまった」と・・
    「森よ、」   谷口智行
かつて火は鑚り出せしもの福沸  
峠灼く行路病者の霊寄りて
卒塔婆の倒れつぐかに山の霧の
色鳥や土中につづく巨樹の洞
地芝居に山の翁の来てゐたり

重畳と冥府つらねて雪の嶺々
     
           ※※※
彼が「運河」に寄稿した『青考』に、奈良の枕詞「青丹よし」のことが書かれている。古代中国では青は天を、赤は地を表したことより、日本の天地を治める都を讃えての言葉だそうだ。「青」の字は「生」と「丹」の二字を合成したものである。「生」は大地より草木が生える形で、「丹」は「丼」つまり井桁の中央に「ヽ」を加えた形であるからだ。井桁とは土を掘る時の枠で、中の「ヽ」は堀り出された石、殊に染料(色料)となす石を指す。一般に「丹」は赤色と思われがちであるが、本来は赤に限るものではなかった。 
   復元の朱雀門より青き踏む    長谷川翠
 さあ、一歩踏み出し、春を探しに出かけよう。
   青き踏む感電防止靴のまま    箭内 忍
   カメラ構えて彼は菫を踏んでいる 池田澄子
   「ひと」と呼ぶ動物出でて青き踏む 金子兜太
   ジーパンに詰め込む肢体青き踏む 能村登四郎
   青き踏むこころに干潟見てゐたり  岡本眸
   青き踏むまさかの人に誘はれて  山尾玉藻
   修了のなき晩学へ青き踏む   白神知恵子
 
前人未到の地ではないが、一歩づつ前進しよう! 
一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己              
       やんぬるかな!

Posted on 2017/03/23 Thu. 08:55 [edit]

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