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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな78 

やんぬるかな78  工藤泰子
前回は吉野弘詩集を紹介した。
「生命は その中に欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ/世界は多分他者の総和/私も あるとき/誰かのための虻だったろう/あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない」
先日のシンガポールの会談は、急転直下、友好へ向かう方向が示された。吉野弘の詩は、平和へのメッセ―ジが込められている。「・・風だったかもしれない・・・」さてどんな風が吹くのかは判らない。
熟れのよき鰣(はす)鮓(すし)宇多喜代子が為成す  和生 
実は、茨木和生句集「真鳥」から紹介した前掲の句についてだが“為成す”の背景を知ることになったので、改めて紹介したい。記事は「大阪俳人クラブ会報156号」の講演「魚と俳句」である。
「宇多さんは毎年、会津只見川下流の鮓作り名人の所へ行って、山椒の葉をいっぱい使った鰣(はす)鮓(すし)を作ってきます」とあった。毎年、会津までとは!季語を暮す俳人なのだと改めて感心した。陶芸を齧っている関係で、もう一つ気になった句がある。
  蚊だやしの地渋崩して泳ぎけり   和生
「蚊だやしは目高に似た外来種で、ぼうふらを食べてくれます。僕は目高と同じ季語として使っています。田圃で蚊だやしが動くと、水面がぎらぎら光るのが何なのか、三年間わからなかった。ある時、陶芸家が釉薬にしようとその水を掬っていたので、尋ねたら、じしぶと教えてくれました。広辞苑に「地渋=田・溝などの水面に、鉄さびのように光って浮かぶもの」とあり、何としても句にしなければ、と思ったのです」
他には、田作・鯛・干鮎・鰆・ごんずい(ぎぎ)・鯥五郎・桜鯛・のめ(のろげんげ)・諸子・稚鮎・初鰹・鱚・鱧・眼張・色鯉・金魚・秋味・目白鯔・氷魚・寒鯉などの句と解説があった。
〈茨木和生の魚の俳句」のレジメに、魚の季語九十四、作句例百十一句からの要旨から・・〉 

さてさて、最近の「歳時記」はどうなっているのだろう。インターネットで、人気を調べると、やはり、「夏井いつきの三六五日季語手帖」等々・。俳句集団いつき組、組長の独り舞台のようだ。若者では神野紗希さんの「俳句の練習帳」があったが、ネットで調べる若者事情なのだから、当然とも言える。
「夏井いつきの赤ペン俳句講座」「・・美しき、季節と日本語(上達のポイント満載)」のお勧めポイントは、「毒舌キャラで人気の俳人・夏井先生の手にかかれば、ありきたりな平凡な句があっと驚くイメージ豊かな一句へと早変わり! 本書は、そのミラクルな言葉の化学変化の秘密を初公開。五・七・五にパズルのように言葉をはめ込めば、脳を鍛えて幸せホルモン・ドーパミンが泉のごとく湧いてくる。俳句を詠めば、脳が若返る!ストレスに強くなる!脳科学者・茂木健一郎氏の対談を収録」だそうだ。
最近の「プレバト」は結構レベルが高い・・!気軽な様で尻込みしてしまうのもしかり・・。先ずは歳時記を手に取ってみよう、そうすれば、心の中の俳句の蕾がぽんと開けるはずだ。
 ところで、角川ソフィア文庫から今年の五月に出版された「俳句歳時記『夏』第五版」角川書店編に、お馴染み、四国の涼野海音さんの句が、収録されているので紹介したい。
【麦の秋・むぎのあき】麦秋 むぎあき・ばくしゅう
新しき道のさびしき麦の秋    上田五千石
○駄菓子屋に空き瓶ひとつ麦の秋   涼野海音
麦秋のやさしき野川渡りけり    石塚友二
麦秋の大土間にある凹みかな   大峯あきら
【虹・にじ】
虹なにかしきりにこぼす海の上   鷹羽狩行
○誰もゐぬ港に虹の立ちにけり    涼野海音
虹二重神も恋愛したまへり     津田清子
【麦刈・むぎかり】麦車・麦扱・麦打・麦埃・麦殻焼・麦稈・麦藁
○傾いてわたる日輪麦埃       涼野海音
麦殻を焼いて列車を見送りぬ    櫂未知子
麦藁の今日の日のいろ日の匂ひ   木下夕爾
【捕虫網・ほちゅうあみ】
捕虫網買ひ父がまづ捕へらる   能村登四郎
垣越しにゆく大小の捕虫網     佐藤郁良
○新神戸駅で降りたる捕虫網     涼野海音
【海の日・うみのひ】
海の日の海より月の上りけり   片山由美子
○海の日の一番線に待ちゐたる    涼野海音
 海音さんの俳句ばかりを取り上げたが、現代を代表する若手作家として、どうどうたる詠みぶりだ。他に、
茶粥にも旬ありとせば薄暑かな   茨木和生
遮断機の今上がりたり町薄暑    高浜虚子
小満や白磁の椀に湯を享けて    大石悦子
 
夏は「花火」!日本三大花火大会と呼ばれているのは、「全国花火競技大会 大曲の花火」(秋田)、「土浦全国花火競技大会」(茨城)、「長岡まつり大花火大会」(新潟)で、テレビ中継もあるほど風物詩になっている。花火が始まる前の昂りと終えたあとの句を選んでみた。
暗く暑く大群衆と花火待つ     西東三鬼
くりかへす花火あかりや屋根は江戸 三橋敏雄
この空に記憶さまざま大花火     桂信子
一枚の海に戻して花火終ふ     鷹羽狩行
闇がなほ濃き闇つくる花火後   能村登四郎
閑けさや花火消えたるあとの星   日野草城

 十年位前に、大阪淀川の花火大会へ十人の仲間と行ったことがある。明るいうちから、出かけたが、余りの人出に、途中で引揚げた。イベント慣れした若者はその臨場感が楽しいのだろうが・・、我等中年?は駅ホームで、花火の音を聞きながら電車に乗り込み、地元の居酒屋で、気勢を上げたのだった。
 手花火となると、全く違う感慨になる。
散らばりし闇に手花火はじまりし  稲畑汀子
くらやみに手花火ともる児の声も    林翔
 手花火の綺羅を大きく育てけり   工藤泰子
手花火の火玉すとんと落ちにけり   稲畑汀子

やはり、前月紹介した桂信子さんの句は「大花火」でなくてはいけなかった。
大花火何と言つてもこの世佳し    桂信子
死にし人別れし人や遠花火    鈴木真砂女
 花火が終わった後はだれしも寂しい。
            やんぬるかな!
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Posted on 2018/06/16 Sat. 07:48 [edit]

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16

やんぬるかな77 

やんぬるかな77  工藤泰子
前回は次の句で終わった。
竹の秋孟宗淡竹真竹の順   右城暮石
 煮汁掛け続けて筍眼張煮る  茨木和生
もちろんすぐに薮に筍を掘りに行き、収穫はしたのだが、筍眼張は実現しなかった。
 筍眼張の句は、茨木先生の12冊目の句集「真鳥」(2015年)に収録されている。
この句集には、為書き “祝婚 教へ子 工藤総君”の句があり、我が家の宝物にしている。
  蝶飛んで運び行くなり祝婚歌  茨木和生
入学から、在学中の6年間、その後も20年以上もの年月を“俳句”という縁の縦糸の絆を持てていることに感謝したい。先生との出会いは、「運河」の五月号の「運河リレーエッセイ5」で「かなかなの真ん中」のタイトルで書かせて頂いた。
【平成5年のことだ。三男の高槻中学校入学式で、講堂の壇上に、茨木和生先生が現れた。「ミス卑弥呼準ミス卑弥呼桜咲く!」「これが俳句なのか?」神託を受けたように電気が走った。その後、PTA句会に参加し、「運河」に入会した。四人の子育て中に、自分自身の世界が持てたことが何よりうれしかった。以下略】
岡山に転居したのは、平成20年で、それからは、「鴨方俳壇」現在の「遥照」に参加し、佐藤先生や、素晴らしい仲間に恵まれ、句座を多いに楽しんでいる。
 “祝婚歌”は、吉野弘(大正15~平成26年)の詩である。軍国少年として育った吉野弘だが、陸軍に入隊する5日前に、戦争が終わり、 今までの価値観が根底から覆された。 絶対的な価値観などないと気付いた彼は「一度は死んだはずの命を、人のために役立てたい!」終戦の2年後、21歳で詩人になる決意をしたのだそうだ。彼の詩は先行きの見えない混沌とした時代に、人間の弱さや優しさ、他者とかかわって生きることの意味を投げかけた。彼の詩に触発されたと言う映画やドラマの脚本家や歌手も多い。
「祝婚歌」  吉野 弘
二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
・・(中略)・・・
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい・・・
 
俳句「蝶飛んで運び行くなり」は、まさしく、事祝ぐ!寿ぐ!ことほぐ!その力があると嬉しかった。

さて茨木和生著「季語を生きる」の交遊録によると宇多さんの手料理を食べながら、古季語、難季語で作句する「あ句会」があるのだが、そのメンバーは岩城久治・西村和子・大石悦子・山本洋子・辻田克己さんと、大物揃いだ。句集「真鳥」に次の句がある。
熟れのよき鰣(はす)鮓(すし)宇多喜代子が為成す  和生
 熟鮨(なれずし)は、酢を用いず、発酵によって酸味をもたせた鮨。塩をふった魚肉と飯を交互に桶に入れて重ね、重しをして発酵させる。約一年もかけて熟成させるのだから、その手間暇はお金に換算できるものでない。運河の大会が琵琶湖の今津で開催された時、鮒ずしを食べたことがある。その一切れも、特別な計らいで供されたのだ。味はブルーチーズの様で、癖になると止められないそうだが、とっつきは悪い。掲句、宇多喜代子さんの為に成す!先生方の食いしん坊ぶりは半端ではない。
〈ハス寿司は、コイ目コイ科ハス属の淡水魚「ハス」を使って作られる馴れずし(熟れずし)の一つ。琵琶湖沿岸地域で伝統的に作られてきた発酵食品。〉
宇多先生は、昭和10年(1935)山口県周南市生まれ、桂信子の「草苑」に創刊同人、現代俳句協会賞、蛇笏賞などを受賞、現代俳句協会会長(2期6年間)叙勲もされている。著書に「りらの木」「夏の日」「半島」「夏月集」「象」「記憶」「円心」「宇多喜代子俳句集成」「古季語と遊ぶ」「ひとたばの手紙」などがある。
 天皇の白髪にこそ夏の月 宇多喜代子
 いつしかに余り苗にも耳や舌  〃

宇多俳句の魅力は何だろうか?少女の時の戦争体験から来るものだろうか?戦火を見つめた俳人への思いは深く強い。俳句から立ち昇る圧倒的な強い力を感じながら、ふと、助詞の「に」の使い方に強さが現れているのではないかと思った。いくつかを挙げて考察してみたい。「に」には傍線を引いた。
牡丹雪ひととき天地さかしまに
隣国の隣国に咲く冬すみれ
これしきの春を生きるこの力
返信さくらの咲きしこと少し
夏の朝天動説をかたくなに
一匹の蝌蚪にかしずく膝頭
いま飲んだ水を涙夏夕べ
棒とその影をたしかに夕立あと
またここへ戻ると萩に杖を置く
秋の風石に目鼻の見えはじむ

〈断定の助動詞『なり』の連用形」断定の助動詞『なり』の同じ。「にあり」「になし」「にして」「にて」「にや」などの容で用いられることが多い・・〉
 さあ、夏料理だ。宇多家の夏座敷には葭(よし)障子が入っていて、簾越しに打ち水の香や掛香の匂いがしてくる。
色淡き順に運ばれ夏料理   宇多喜代子
朴の葉に先付の品夏料理    茨木和生
鱧の旬すなはち祭近づけり    〃
鱧づくしなれど出て来ず鱧の笛  〃
これはモロッコ桜煮の蛸を見て  〃

二人は中上健次さんが主催していた「熊野大学」からの交流で、日本の祭事や里山を見直す活動に力を注いでいる。本当の意味での贅沢な暮らしを知っているのだ。
吉野弘詩集「風が吹くと」の『生命は』より一部
生命は その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分他者の総和
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
 
大花火何と言つてもこの世佳し 桂信子(H14) 
 やんぬるかな!

Posted on 2018/06/03 Sun. 07:41 [edit]

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03

やんぬるかな76 

やんぬるかな76  
前回は、俳人協会賞受賞作品「カムイ」の中の句をいくつか紹介した。
さまよへる湖に似てビヤホール   櫂未知子
南風吹くカレーライスに海と陸    〃

さまよへる!の句は、都会のサラリーマンの行き場のない習性や乾きを詠んだのであろうか?ビアホールに例えた湖は、海からとても遠い。
もう一つの句、カレーライスに海があるが、単純明快ではない。「南吹く」は、ぎらぎらの太陽の照りつけるビーチ、陸と海のぶつかる処を想像させる。ルーが海で、ご飯は陸?櫂さんの発想は、そんな単純なものではあるまい。陸と海の関係性は、地球の在り様、男女関係にまで、深読みできてしまうからだ。一枚の皿の上の出来事を、さらりと言ってのける遊び心にやられてしまった。
ところで、子供のころには、ライスカレーと呼んでいた記憶がある。たしか“カレーライス”は、アラジンのランプの様なポットで出されてご馳走だったし、ご飯に直接かかっていればライスカレーと思った。
聞くところによると、陸軍と海軍で呼び名が違っていて“カレーライス”が海軍式なのだそうだ。東京オリンピックの頃から、カレーライスの呼び名が優勢となったらしい。
これが別れのライスカレーです 山頭火
山頭火が食べれば、ライスカレーも俳句になる。

いずれにせよ櫂さんの俳句は、茨木和生先生の評にある様に、新しい領域を拓こうとする意欲に満ちている。凡人に出来ることは、普通の暮し、普段着の暮し、それなりの領域を見つけていきたいものだ。朝昼晩、春夏秋冬の食べ物から、糸口を探っていきたい。
朝日新聞出版の「旬の菜時記」「おいしい俳句をめしあがれ」がある。先ずは、タイトルが「歳時記」ではなく、「菜時記」である点に留意して味わうことにしよう。筆者は、おなじみの食いしん坊の宇多喜代子・大石悦子・茨木和生先生のトリオだ!
見開きは、「『旬の食材を、どう食べるのがおいしいか?名句とレシピで完全解説―』食通で知られる関西の俳人たちが、俳句と料理で季節を彩ります。レシピは伝統和食から洋食まで多彩。日本人ならではの感性と知恵がつまった一冊です。」
三人の先生方は、各地の俳句大会の選者をされているので、何度かお目にかかっているが、たしかに食いしん坊で、お元気である。
この「本」からは、俳句も料理も上手くなる秘訣が発見できそうだ。食べ物の起源、産地や調理法、また句の背景も興味深い。 (評は一部のみの紹介)
【春】傍線は季語
水菜採る畦の十字に朝日満ち  飯田龍太
 畦の十字は田畑の仕切りです。朝、美しく仕切られた畑の野菜はみずみずしさに満ちています。今日という日の始まりに畑の水菜を採り、その日のお菜にする。都会で土と遠く暮らしている人には夢のような贅沢です。       (宇多喜代子)
壺焼やいの一番の隅の客    石田波郷
 掲句は俳人鈴木真砂女の経営する銀座の小料理屋「卯波」で詠まれたもの。・・・昭和三十年代、病状が比較的安定してた波郷はよく卯波を訪れました。店に入ってすぐのカウンターの隅の席がお気に入りで、いつからとはなくそこは「波郷の席」と呼ばれるようになりました。(2008年卯波閉店)  (大石悦子)
何事も速し蕨を摘むことも   森井美知代
小鳥のさえずりを聞きながら山道を歩いていて、枯れ蕨の茎や葉の崩れている”ほどろ”を見つけると、目は蕨を探しています・・目を先に先にと送って蕨を摘むものですから、わたしは誰よりも早く蕨の一束を作っています。この句は私をモデルにしたもの・・
〈背広来てワンピース来て蕨摘む  和生〉  (茨木和生)
【夏】
 がてんゆく暑さとなりぬきうりもみ 久保田万太郎
きゅうりは胡(西域)から伝来した瓜であることから「胡瓜」と書き、熟れると黄色になるゆえに黄瓜と呼ぶのだとのこと。・・もともと胡瓜は夏を代表する果菜。・・胡瓜の魅力は、さっぱりした旬のみずみずしさと、暑さを忘れさせる歯ごたえのよさでしょう。(宇多喜代子)
老い進む湯攻めの鱧の縮む間も 後藤綾子
鱧はお造りから天ぷらまでどのように調理してもおいしいものですが、まずは湯引き。湯に落し入れるので鱧落としとも言われ、手早く氷水で冷やしたふっくらした一切れをいただくと、よくぞ「鱧」という字をあてたものだと感心します。鱧の身が熱湯をくぐって縮み、切口が反って白い花が咲いたようになるその短い間でさえ、容赦なく人は老いてゆく。・・戯画化してみせたところに、作者の達観に触れる思いがします。  (大石悦子)
七彩に銀の鰹が輝けり   山口誓子
 鰹が黒潮に乗って沖にやってくると、胸が高鳴ると紀州の漁師たちは言います。・・星をいただく夜明け前から、60キロほどの沖に出ていたケンケン漁の小型の鰹船が、糶の時間に合わせて漁港に戻ってきます。ケンケンとは、紀州の漁師がハワイのカナカ族に学んだ漁法の一つ。船の艫(とも)から潜航板を付け、擬餌針を仕掛けた二本の竿を出して、沖をかけながら鰹を釣り上げてゆくのです。糶場に並べられた鰹の背は、光によって広重ブルーに見えます。・・誓子の句は「和具」と前書きがありますから、熊野灘の鰹でしょう。ケンケンの鰹と断って売っているものなら、新鮮さを生かして「銀づくり」と呼ぶ、腹の銀色の皮をひかないでつくった刺し身が一番です。   (茨木和生)
 「熊野、魂の系譜」の著者、運河の編集長の谷口氏に次の句がある。
  引退の漁師も参ずケンケン漁 谷口智行 
この漁が始まるころの漁師の昂りが伝わってくる。熊野の鰹を食べて初めて俳句の意味も共有できるのかもしれない。
 3月31日に、津山で第25回「西東三鬼賞」の受賞式に、茨木先生が、選者で来られるので、馳せ参じた。西東三鬼賞は、高額な賞金で知られている。
受賞者は、俳歴60年、八十八歳の廣さんだった!
永眠の前の睡眠天の川   廣 波青
茨木先生の選考所感には、「西東三鬼の出席した最後の天狼句会に私も出席していた。そのときの三鬼の出句を覚えている。
〈秋の暮大魚の骨を海が引く 三鬼〉
こんな句を詠みたいと思って来た。私の選句もこの句をよしとする視点からである。」
寺井谷子先生は、「俳句一句に書かれた、あるいは出現する世界は、否応なく『今』を含む。・・透明感を得るのは、『天の川』がもたらすものであろう。『虚無』への誘引ではなく、思惟へと導く魅力的な一句であった。」
 廣さんの受賞の言葉に、「漁夫として百日、印度洋上で、鮪を獲り、鮫を撲ち過酷な労働に耐えられたのも、今思えば俳句あっての事でした。」海の怖さを知る人の句と三鬼の句が重なった。
 さて田舎ならではの暮しを満喫しよう。今年の藪は順調なようだ。自分で掘れば俳句もできるはず。
竹の秋孟宗淡竹真竹の順   右城暮石
煮汁掛け続けて筍眼張煮る    〃
        やんぬるかな!

Posted on 2018/04/16 Mon. 17:46 [edit]

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やんぬるかな75 

やんぬるかな75  工藤泰子
  野遊びやあの子が欲しきあの子のみ 櫂未知子 
前回紹介した句だ。櫂さんと言うと、句会に季語の現物を持ち込み、熱血溢れる指導で定評がある。
今年度の第57回俳人協会賞には、その櫂未知子さんと須賀一惠さんの二人が選ばれた。対象句集206編・予選通過43編からで、6年ぶりの二人受賞だそうだ。協会賞選考経過の中で、寺島ただし氏は、次のように語っている。
『銀座の歩幅』須賀一惠
大正十五年生まれの作者で、キャリアが長く語彙も豊富である。〈驚きのさまに四肢張り鵙の贄〉など生き物に心を通わせた句に優れた作品が見られる。「湖」を「うみ」と読ませるのは気になる。
『カムイ』櫂未知子
〈鉄道は永久に通らず在祭〉など故郷の北海道の風土が心に宿っている句や、〈一瞬にしてみな遺品雲の峰〉など、母の死の直後に大震災が起きてしまったときの句、さらに暮らしの中に俳味を見つけた句に個性的な新しさがある。・・知的操作の過ぎる場合があり、〈石炭と雪が出合へば素敵だろう〉はよく解らない。
選考委員(茨木和生・柏原眠雨・棚山波朗・山本洋子氏)は、(2句集を推す・季語を大事に・世代の魅力・写実と独創性)と題し感想を語っている。
茨木和生氏は、「受賞作『銀座の歩幅』は、91歳最高齢「晩年という未知の花野に遊んで」と明るい句集、『カムイ』は、新しい領域を拓こうとする意欲に満ちていた。」と言う。
今回、須賀さんの「長寿のご褒美」という受賞の言葉の中に、「私は生きている日々の心の流れをピンで止めるような句作という営みに魅了されて、続けて参りました」「言葉は不意に恩寵のように訪れ、季語と結びつきます。それは風と砂の出合いが描く風紋さながらに一瞬の景を生み出します。俳句はこの景色に身を投じる憧憬から生まれるのでしょうか。」
「シジュフォスのように、見えない頂上に岩を押し上げるような気持ちでしたが・・」
この一文には、心底驚いた。俳句途上でも始めたばかりでも、卒寿の柔軟な生き方を学びたい。
 芳草やすこやかにいま老いざかり 須賀一惠
 まつすぐにセロリ匂へり決断す  〃
 
櫂未知子さんとは、平成25年にお目にかかっている。当時、櫂さんと同じ「銀化」同人の畑毅さん(県の常任幹事)の骨折りで、第34回岡山俳人協会のゲスト選者をして頂いたからだ。まさに結社「群青」(櫂・佐藤郁良―共同代表)の立ち上げの時だった。テレビや雑誌に引張り凧の今では到底考えられない。早速、岡山県俳人協会会報「烏城」66号を取り出してみた。講演は「ユニークな俳人達」で、埋もれかけた俳人①身動きとれぬ状態②その中で、どう生き、どう死んでいったか③一見自由な今の日本で、われわれは心の自由を得ているか。「陸封」と言うべき次の三人に注目し、その生涯と俳句に光を当てるものだった。
背信いくつ手袋の中爪ぬくもる  川口重美
立てぬ日は這うて部屋掃く菊日和 国弘賢治
峡の空せまきに馴れて星まつる 馬場移公子
 畑毅さんの記事には「俳句は私の子供たちです」の櫂未知子語録を挙げ、「審査員をした俳句甲子園で、櫂氏が高校生達に一生懸命拍手をしている後姿を見ていた。美しい季語の現物を集め、『群靑』を立ち上げ若い俳人を育てようと・・氏もまた、ユニークな俳人である」と、締めくくった。(紹介句から一部)
  男とか女を超えて日向ぼこ 櫂未知子( 貴族)
  佐渡ヶ島ほどに布団を離しけり 〃 (蒙古斑)

さて、その年の岡山県民文化祭賞、しかも櫂氏特撰に選ばれたのは、次の句であった。
 夕焼をゆく少年の背番号  広畑美千代
遥照関係者は、募集句の2句が秀逸に選ばれた。
 追い越せぬものを追ひかけ走馬灯 中西八千代
 逢えばもう許しておりぬソーダ水 久戸瀬孝子
当日句(清中蒼風特選)
  地に還る一葉のおもさ韻かせて  佐藤宗生
 懇親会では、密田顧問の開会挨拶、佐藤常任幹事の乾杯、俳人協会の「俳句の歌」大合唱などが、報告されている。講師を囲んだ写真も貴重な思い出だ。
毎年のように、ノーベル文学賞、直木賞、芥川賞が、マスコミで騒がれ、本屋の店頭に受賞本が積み上げられる。最近の俳句事情はテレビ番組のおかげで、少し様変わりしてきた。今年の新人賞の句を探ってみよう。
第41回俳人協会新人賞
『片白草』大西朋
  身支度のものの五分や桃の花
  片白草魚に声のなかりけり
『金魚玉』黒澤麻生子
  まだ固き教科書めくる桜かな
  金魚玉むかしのことは生き生きと
『蝶の家』白石渕路
  空を飛ぶ這ひ児人形つるし雛
  一片の落花に時の流れ出し
第32回俳人協会評論賞は、次の2作で、出色の論考だったそうだ。読むにはハードルが高そうだ。
『言葉となればもう古しー加藤楸邨論』今井聖
『虚子散文の世界へ』 本井英
さて、「俳句文学館」に掲載されていた「カムイ」の自選句(15句)から、いくつか紹介しよう。
 南風吹くカレーライスに海と陸
 簡単な体・簡単服の中
 さまよへる湖に似てビヤホール
 海流のぶつかる匂ひ帰り花 
 探梅やかばんを持たぬ者同士
 雪しろは月光の音立てにけり

視野の広さ、自在な発想が魅力的だ!
やんぬるかな!


Posted on 2018/03/28 Wed. 07:48 [edit]

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やんぬるかな73 


やんぬるかな73  工藤泰子
俳人協会の大串章会長が新設した、第一回新鋭俳句賞が発表され、高松の涼野海音さんの「初旅」
が準賞に選ばれた。大会や句会でお馴染みの海音さんの快挙を多いに喜びたい。
父の日の切り岸を石落ちゆけり  海音
ゆふぐれの一木と春惜しみけり   〃
いまさらだが、海音さんの受賞歴を挙げておこう。石田波郷新人賞・星野立子新人賞・北斗賞・俳句四季新人賞と、あらゆる新人賞を受賞している。まだ取っていないのが、俳句協会新人賞だったのだが、この度めでたく新鋭賞の準賞受賞を果たした。
インターネットの「増殖する俳句歳時記」に、次の句がある。句集「一番線」より藤嶋務さんが選んだものだ。この句に何を見つけたのだろうか?
金色の鳥の絵のあり冬館   涼野海音
【金色の鳥とは何だろう。またいかなる佇まいの館なのだろう。二つの具体的提示もそれから先は読者の想像に委ねられる。まず絵のある館は冬木立に囲まれてひっそりとしている。窓の外には落葉が積って、見通しの良い木立の間を小鳥たちが飛びかっている。私の想像は勝手に巡り階段途中に飾られた立派な額縁の絵画へ向かう。映画のシーンの残影かも知れぬ。さて金色の鳥が思い着かない。黒なら鴉で決まりだが金色となると。ヒワやオウムやアマサギは黄色に映るが金色ではない。頭の中が乱反射して鴉が絶滅危惧種になる事があるや否やなどと混乱の域に入った。心が空になった次の一瞬、ふっと手塚治虫の火の鳥が羽ばたいて心に収まった。(藤嶋務)】・・・以下略。
海音さんは、決して難しい言葉を使わない。まるで難解なパズルが整然と箱に納まる様に、おのおののパーツが絶妙に絡みあい、いつの間にか美しいハーモニーを生みだし、物語が成立している。
彼のFBでは、毎日の昼食のうどんがUPされ、ブログ「俳句魂」には、応募句の状況の報告がある。その応募数も読書量も膨大で、自慢をすればと思うが、「低テンションでブログ連載中」と、謙虚極まりない書き様だ。また、“スピカ”と言う俳句ウェブマガジン(江渡華子・神野紗希・野口る理の企画編集)の海音さんの俳句と文章を覗くと、カテゴリーは「平凡主義」とあった。敢て平凡主義!と言うからには・・検証してみなければいけない!
トンネルの上に墓あり百千鳥  海音
「やはり旅は鉄道。最短の時間で目的地に到着するより、各駅停車で車窓の風景をじっくり味わう方が好きです。名前を知らない山や川、田んぼや畦道など、無名の風景と対話しているうちに一句浮かびます。」
 卒業やガードレールの先は海  海音
「家の近くに学校があるせいか、卒業や入学の季節を意識してしまいます。学校の門からは賑やかな声がよく聞こえます。励ましたいのと同時にこちらが励まされるような声です。」
 これは、決して平凡ではない。トンネルと墓と百千鳥!卒業とガードレールと海!この絶妙な計算には、「予定調和」と言わせない非凡が隠されている。 
その海音さんの今現在の所属結社は「晨(しん)」である。先日、三岸節子の「花」の表紙の1月号(第203号)を贈呈して頂いた。「晨」は昭和59年に創刊された同人誌で、約140人の会員は、代表の大峯あきら・茨木和生・岩城久治・草深昌子・田島和夫・山本洋子先生など著名な俳人ばかりである。
草深昌子さんのブログから引用させてもらうと、
【創刊号は、梅原猛氏と大峯あきら氏の濃密な対談に頁を費やしている。詩と哲学について世界的規模で論じながら、ついには「俳句は自我の詩ではなく、存在の詩である」という大峯あきら氏の発言に至ると、梅原猛氏が「これはすばらしい第二芸術論以来の大理論やで」、と驚嘆される・・・】
「晨」とは、「太陽がふるいたってのぼるあさ。」と言う意味なので、その意味を強く感じた。
【「晨」は結社を横断するというか、結社とは別の原理を作りたいというものであった。タテとヨコとがうまく調和して働くなら、作家としての向上にプラスするところがあるのではないか。】とある。さすがに、作家も作品もすごい俳誌である。
『晨』の同人作品から一部を紹介する。
九天を飛ぶ正月の落葉あり    大峯あきら
竹馬のうしろ一輪車の弟     浅井陽子
柴栗や山の日差は苦にならず   茨木和生
元伊勢の杉雫して淑気満つ    岩城久治
秋風を鍵屋の辻に聞きにけり   小畑晴子
コスモスのための風かと思ふほど 杉田菜穂
曾良ほどは歩かず風の冬すみれ  涼野海音
ややゆれて水を離るる今日の月  田島和生
どちらからともなく寄れり露の玉 藤勢津子
人絶えて薄にぎにぎしくなれり  森井美知代
門を出て風に吹かれし子規忌かな 山本洋子

詠み物からは、「私の好きな季語⑫『左義長』髙松早基子」を紹介したい。以前、御所(ごせ)に住んでいる彼女に、役の行者の生誕地「吉祥草寺」を案内してもらったことがある。役の行者は、金剛山・葛城山で、修行を積み、大峰山を始めとする全国の修験の山を開いた修験者の開祖である。この地で、毎年1月14日に、一基一トンはある雌雄の左義長が組まれる。
崩れては火勢を増せる大とんど  髙松早基子
読経の渦の中、火勢に煽られ、とんどの輪が後退つていく。火勢が鎮まる頃、雌雄のとんどの間を火渡りりし、火縄にこの火を頂いて帰り、翌朝の小豆粥の火種とするのである。
金箔の剥がれとびたる吉書揚   茨木和生
髙松さんは、書道家なので、「書初めの書の上達を願ってとんどの火に投じるのだが、赤く燃えながら、夜空にゆらりと舞い揚がると、思わず手を合わせてしまう。」とあった。
初空、初星、初日、初明り、初東雲、初茜、初晴れ、初景色、初山河、初声そして「初旅」・・・
年よりも若いと言われ初麗   和生
           やんぬるかな!
 

Posted on 2018/01/22 Mon. 14:10 [edit]

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