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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

遥照6月号2017 

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さつき百わが光陰を埋めつくす   佐藤宗生
聖五月徴兵検査なき祖国      花房柊林
長閑さや島に一つの信号機     甲斐梶朗
麦の秋行商の荷は何でも屋     中西八千代
暁闇の光を放つ朴の花        石津淡紅
日本地図広げて春の風に乗る    牧明子
荒れ田増え淋しさびしと田螺鳴く   古川澄子
石州の赤黒かわら土降れる     竹地恵美
卯の花や水豊かなる備後の地    山崎靖子
ほろ苦きものにぞ春を味はへり   森脇八重
自分史の今の一ページ花万朶    土屋鋭喜
分水嶺越えて変わりし芽吹き色   森靖子
田螺鳴く途絶えて久し子等の声   原房枝
若づくりしたかな今日の花衣     虫明有菜
春風を存分に呼ぶティータイム   藤沢絹子
運動着フェンスで乾く木の芽風   久戸瀬孝子
新しき鉢を並べつ菊根分け     徳永保美
筍を近所に配り皮の山        柚木寿代
山藤を手繰るて天に登りたし    大室瀧子
藤房の揺れて紫匂ひけり      大野雅子
大海に辿り着けそな花筏       山下和子
しばらくは一目でわかる今年竹   石井弘子
忘却の水音かすか沙羅の花    山下卓郎
一枚の布に解いて夏羽織      浅野陽
いつまでも母が主役の苗の札   南みどり
人に酔ひ酒に呑まれて花疲れ   工藤泰子
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Posted on 2017/06/05 Mon. 10:11 [edit]

category: 遙照

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05

やんぬるかな65 

やんぬるかな65  
 前回は、「ももももももも句会」の真紀さんの句で終わった。右脳、左脳を動員して読み解こう。
土砂降りの街を漂う海月かな   岡崎真紀
若者の俳句を映像化すると、どこか漫画の絵コンテの様に見えてくる。先日のNHKの俳句は、若手俳人の高柳克弘さんとゲスト漫画家の浅野いにおさんだったが、二人の話を聞いてますますその意を強くした。
漫画世代だからとネットで海月を検索すると、『海月姫』があった。これは、「己の趣味のみに没頭するオタク女性」の話だから、揚句とはかなり別次元だ。やはり海月・水母・水月・クラゲの持つイメージを再確認しよう。刺胞動物門に属し淡水または海水中に 生息し浮遊生活をしていて、ゼラチン質のぷよぷよな体。”無い”もののたとえに「水母の骨」、ことわざには「水母の風向かい=無駄な事」、「水母の行列=勝手気ままに浮いて、きちんと並んでいないこと」などがある。”骨太”と真逆のクラゲはまるで、エイリアンの様だ。”土砂降りの街!”そこは、まるで水中であるかのような世界!海月となって浮遊している女の子がいる!そんな場面を描いてしまった。
さて“土砂降り”という悪条件にクラゲは打ちのめされないだろうか?いやいや寧ろ水中でこそ力を発揮できるのだ。若さという可塑性を強みに漂うのだと・・。
 他にもいくつかの海月の俳句を見ながら、海月の気持ちになってみたい。
  海中をいそぐ海月の三度笠 小林英昭(滑稽俳句)
  水母よりビニール袋浮き上手   茨木和生
  水面に浮き上がらずに水母浮く   〃
  わだつみに物の命のくらげかな  高浜虚子

水から上げるとすぐに溶けてしまうくらげを「物の命」と言い切った。わだつみは、「海神」の事だ。わだつみとくらげの関係は深遠としか言い表せない。
  乳いろの水母流るるああああと  吉田汀史 
漢字で「水の母」と書くと乳いろが生きてくる。ああああと・・原初の音は「あ」から始まるのだ。言葉を超えた言葉ではないか。清水哲夫氏の言葉を借りると、「水母から見た人間はどうなのだろうか。私たちは自力で歩いているのだが、彼らにはただ風に漂い翻弄されているだけと映るかもしれない。それも、やはり「ああああ」と啼きながら……だ。句からは、水母のみならず、生きとし生けるものすべてが「ああああ」と流されていく弱々しい姿が、さながら陰画のように滲んで見えてくる。」   
「ああ・・」十七文字の宇宙に漂ってしまった。海月が宇宙ステーションの様だからなどと単純ではない。
       ***
 俳句をジャンルの違う人が解説すると「目から鱗!」楽しい。金光図書館で「俳句の海に潜る」(角川書店)を借りてきた。思想家で、人類学者の中沢新一と俳人の小澤實さんの対談である。中沢さんの前書きに、    
そら豆はまことに青き味したり  細見綾子
【この句を見て私はいきなり古代ギリシャの哲学集団ピタゴラス派の戒律のことを思いだしてしまったのである。ピタゴラス派は教団内で蚕豆を食べる事を厳禁した。・・ある哲学者の説によれば、女性を連想させる・・だそうだ。エロティックな俳句ですことと、私は口走ってしまった。】
これが、小澤さんと出会いだそうだ!誰もが良く知っている次の俳句も彼が解説するとこうなる。
閑さ(しづか)や岩にしみ入る蝉の声  松尾芭蕉
 【この句はまさにアニミズムの極地でしょう。〈岩にしみ入る蝉の声〉と言うとき、蝉を流れるスピリットと岩を流れるスピリットが、相互貫入を起して染み込み合っています。それが〈閑さや〉というわけです。この立石寺という寺は、昔は死者の谷と言われたところです。山の中にはいっぱい横穴墳墓があって、あの地帯に住んでいたエゾ系の人々の埋葬地として使われていました。そこに立石寺というお寺が建てられた。お寺というのは先ず例外なく埋葬地に建てられるものでした。芭蕉にもその知識は十分にあったと思います。人間の体(骸むくろ)から自由に、つまり休止点から自由になって見えない流れに戻った霊が、しばらくの間はあの谷にうじゃうじゃ居るのです。・・・元禄当時ならそういう知識もまだ日本人の中に十分残っていましたし、立石寺のお坊さんであれば、そのことを怖いほどリアルにしゃべっただろうと思います。・・・今は観光バスが停まって開けた場所ですが、昔は一面の森に覆われた細い一本道をたどっていく場所です。・・人っ子一人いないような山道を、小一時間歩いて、ふっと見上げるとそこにお堂があらわれてくる。・・そんな世界・・・だから人間の体という容器から外に出て来たばかりの霊たちが、いっぱい群れ集まっている。そういうところに、土中から出てきたばかりの蝉が鳴くのです。そこには土中から立ち上がってきた岩もある。大地、岩、蝉、死者霊、それらすべてが相互貫入しあう世界。芭蕉は全感覚を開いてその全体運動を感知しています。そしてこの俳句が生れたこれは。とても凄まじいアニミズム俳句です】
中沢さんの仕事はアースダイバーと言う。直訳すれば、大地(地球)に潜る人のことだが、思想的に潜る!と理解しよう。今回は「俳句の海に潜る」という切り口で「俳句が、言語の中でも特にメタファー(暗喩)の能力をフルに使う」ことと、アニミズムとの深い本質的なつながりに言及している。彼によると
【詩は人類最初の芸術です。人類が生れたとき、詩も同時に発生したのではないかと思うのです・・脳の中に流動的知性が発生すると、今まで分れていたジャンル同士をつないでいく精神の運動がおこります。その能力が発生した瞬間に、根源的なアニミズムが同時に発生するのです】とある。

また、前衛俳句の代表みたいな金子兜太さんも、古代人の本質につながっている!と主張する。 
 アニミズムらしい俳句を小澤實さんが選句している。
 採る茄子の手籠にきゆァと鳴きにけり飯田蛇笏
人来ればおどろきおつる桐の花   前田普羅
 蟋蟀が深き地中を覗き込む   山口誓子
 おおかみに螢が一つ付いていた 金子兜太
 
一口でアニミズムとは何だろう?
「宗教の原始形態の一つで、世界のすべての事物に霊魂や精神が存在すると信じる心的状態」のことだ。聖地とか聖所というのは神社が出来る前からあった。古墳時代や弥生時代、縄文時代、旧石器時代を生きた人たちの信仰心はもっとずっと深かった。そこにつながっていくルート?生命力の根源?にたどり着きたいと旅をする。芭蕉はなぜ東北に行ったのか?「俳句はこのままいったら言葉のゲームになってしまうかもしれない」という危機感を持ち、古代的感覚への「通路」を作ろうとしたからと言う。芭蕉は縄文的な感覚を持ったアースダイバー俳人だからだ!と。
雲の峰幾つ崩れて月の山    芭蕉 
小澤實さんも虚子におけるアニミズム俳句を検証して次の様に評した。
「昼の星のスピリットと菌を流れるスピリットが、相互貫入を起こし染み込み合っているのを感じる」

爛々と昼の星見え菌生え    虚子    
    やんぬるかな!
 

Posted on 2017/05/26 Fri. 07:36 [edit]

category: やんぬるかな

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26

遥照5月号2017 

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尺取に計られてゐる吾が余命    佐藤宗生
花鋏鳴らして春を惜しみけり     花房柊林
笹舟に追ひかけられし花筏      甲斐梶朗
一山の山のオーラへ踏み入りぬ   石津淡紅
空耳にさくらさくらのわらべ歌     中西八千代
紙漉きの里や三椏花盛り       竹地恵美
空の重さ両手で受ける朴の花     牧明子
ロダンとも居眠る人か遅日なり     山崎靖子
ブランコに乗る子のなくて風が乗る  古川澄子
初音してまろぶ良寛手毬唄       森脇八重
花の雲心繋がる人といて        原房枝 
手放すもなほ留まりて流し雛      森靖子
あるときは憂ひも隠す春帽子      大野雅子
膨らみは思ひの強さチューリップ    久戸瀬孝子
名の山も名のなき山も花の雲      大室瀧子
威勢良く口八丁の若布刈り        山下和子
耕して振り返りまた振り返る       柚木寿代
天空の城へと弾む春の坂         石井弘子
土に棲むもういいかいと蕗の薹     徳永保美
龍が棲む池と聞こえし朧かな      長畦恭子
里の子の山の遊びやツツジ咲く     藤沢絹子
頬ずりをしたくなるよな桜かな      虫明有菜
ミモザ咲く陽のよく当たる喫茶店     土屋鋭喜
すかし見る古社の瓦に花の雨      山下卓郎
休耕田にシロツメクサが咲きました    浅野陽
菖蒲の芽葉組されたるごとく出づ    南みどり
養花天孔雀は羽根を広げざる      工藤泰子    

Posted on 2017/05/05 Fri. 13:42 [edit]

category: 遙照

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05

「晨」199号 

「晨」199号の特別作品 から
  「少年」    涼野海音
カピパラのわれを見てゐる小春かな
わが言葉待つがごとくに竜の玉
成人の日の靴墨のひかりかな
かげろふへ短き橋を渡りけり
春惜しむ楽譜かかへてゐたる子と

Posted on 2017/04/28 Fri. 16:41 [edit]

category: 俳句

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やんぬるかな64 

やんぬるかな64  工藤泰子

  一歩とは永遠への意志や青き踏む 小澤克己
嬰生まるはるか銀河の端蹴つて   〃  
 前回の“一歩”の句の小澤克己さん(「遠嶺」創刊・主宰)は、七年前四月、胃癌で六〇歳で亡くなっている。宇宙との一体感、人と自然を一体として見る「情景主義」を提唱、句集には、「青鷹」「爽樹」「オリオン」「風舟」、評論に「新艶の美学」等がある。
右脳より左脳へ桜吹雪かな    小澤克己
身体を言葉で計測する試みもした作者だが、さて桜は、どこへ吹雪いたのだろう。
たしかなことは判らないが、「右脳」は「イメージ脳」=アナログ、「左脳」は「言語脳」=デジタルと言われている。だから、右脳で、感じたことが、左脳で、言語化してゆくのだろか?桜吹雪の最中にいて、刻々と言葉を得て行く恍惚感を感じたのだが・・
風が噂ひろげしほどの芽吹山   小澤克己
西行の目をもつて入る木の芽山   〃

前掲の芽吹山の句では、風が噂ひろげし!のユニークな発想が、進行形の芽吹きを見せてくれる。西行の「目」と木の「芽」の対応により、西行の桜にまで、視点が広がるようだ。
鴨引きし湖あたらしき空を負ふ  小澤克己
夏霧をはらひ六十路の舟を出す   〃
静かに舟を出してゆく。「出す」という自発的な意思もありながら・・亡くなってしまう。「舟」という言葉に希望を込めたのではなかったのか。
小澤氏は1977年、「沖」に入会し能村登四郎、林翔に師事。1980年「沖」同人となる。今、俳句界で活躍する俳人の多くは、「ホトトギス」の高浜虚子、「馬酔木」の水原秋櫻子、「天狼」の山口誓子の流れを汲んでいる。それ以降では、現代俳句に人材を送り出したのは、加藤楸邨の「寒雷」と、この「沖」ではないだろうか。山脈と水脈の系譜は次の様だ。
「寒雷山脈」=青柳志解樹・石寒太・今井聖・金子兜太・澤木欣一・中村正幸・森澄雄・矢島渚男・・・
「沖水脈」=林 翔・福永耕二・鈴木鷹夫・今瀬剛一・大牧 広・吉田汀史・中原道夫・小澤克己・正木浩一・正木ゆう子・・・・
 
さて、話を身近に戻そう。3月18日に岡山県俳人協会総会が開催された。遥照には現代俳句協会の人もいるので当日句会のことを少し紹介しよう。不肖私も、昨年に続き、司会者を仰せつかったので、夏井いつき先生をもじり、“春野たんぽぽ!”と名乗り、盛り上げを図った?いつき組の黒岩徳将君が「ももももももも句会」の若者5人と参加してくれたこともあり、いささか悪乗りしてしまった。「も」の字が7つ?早口言葉みたいな「もも・・句会」の活動とは?
【青春を俳句に懸ける!】このキャッチフレーズどおりの若者たちは、俳句甲子園の勇者たちである。今回、黒岩君は、自身が執筆した「俳句甲子園をふりかえる」【俳誌要覧(2017年度)】の本を手に、「もも・・句会」には、他県からの参加もあり、活発に交流、活動する様子が報告され、会場は大いに盛り上がった。 
さて当日、168句(84人)の中に彼等の句も交じり、活発な句会となったのは、間違いない。では、
注目句、関係者(遥照)の句と彼等の句を見よう。      
シーソーの一人抜け出す蝶の昼  島村博子
さへずりや散らかりやすき文机  松尾佳子
胎動はしづかに強し玉椿     畑  毅
待つといふ豊かな時間春の雲   武田佐自子
閉校や囀の空残すのみ      綾野静恵
啓蟄や地下路線図の込み合ひて  佐藤文男
粋の字の印半纏初つばめ     大倉祥男
木の芽風村の小字を名乗る橋   森脇八重
うららかに羽全開の鳶の笛    安藤加代
鳥の水脈扇状となる春の池    久戸瀬孝子
古井戸のポンプぱふぱふ猫柳   工藤泰子
      〈もも・・句会〉
火焔土器よりてふてふの骸かな  黒岩徳将
黒々と城のうつれる石鹸玉    竹中佑斗
国はなほ桜を愛しつづけたる   瀬崎雄太
クローバを飾るあたらしい生活  大原里梨歌

今年、第20回全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)は8月18・19・20日に開催される。
昨年、岡山の就実高校はベスト6の快挙で、団体奨励賞を受賞したそうだ。坂口くんは個人賞に輝いた。
鉄琴の全音天の川に足す     坂口渚 
テレビで、俳句甲子園の戦いを見ることができる。たまたまスイッチを入れた時、岡山俳人協会幹事の畑毅さんと古川明さんが審査員をされていた。会場は、松山の繁華街、大街道で、そのアーケードの天井から大垂幕に書かれた両チームの俳句が掲げられる!創作力(10点満点)と作品の鑑賞力(3点満点)を5人の審査員が採点し、旗を上げて勝敗を決する。最後までハラハラ・・運動会の綱引きの様で実に面白い・・。
地方予選は6月11日に岡山県立図書館ホールで開かれるので、ぜひ応援に来てほしいそうだ。
彼等はどんな風に俳句を作っているのだろう。
巻末に落書きのある春休     竹中佑斗
燕来るポニーテールのゴムは切れ 大原里梨歌
高架下ノイズの中に初蝶来    坂口渚
太陽に公転しゃぼん玉生まる   瀬崎雄太

これらの自由な発想は右脳で解釈する必要がある。
鯛焼の頭を見せて入場す     黒岩徳将
鯛焼(冬の季語)が「頭を見せて」〈中七〉に、重大な意味があるのだろう。「頭」から「尻尾」まで「餡子」が入っている鯛焼きなのか?残念な鯛焼なのか?そもそも「餡子」なのかどうか?句意は深いのかもしれない。
土砂降りの街を漂う海月かな   岡崎真紀
真紀さんは、どのような街を詠んだのだろう。海月のイメージは宇宙船の様だ。右脳と左脳の両方を稼働させて、俳句の海原を漂ってみようか。   
やんぬるかな!

Posted on 2017/04/27 Thu. 17:14 [edit]

category: やんぬるかな

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