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空海が行く

俳句 猫 庭 のこと

やんぬるかな78 

やんぬるかな78  工藤泰子
前回は吉野弘詩集を紹介した。
「生命は その中に欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ/世界は多分他者の総和/私も あるとき/誰かのための虻だったろう/あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない」
先日のシンガポールの会談は、急転直下、友好へ向かう方向が示された。吉野弘の詩は、平和へのメッセ―ジが込められている。「・・風だったかもしれない・・・」さてどんな風が吹くのかは判らない。
熟れのよき鰣(はす)鮓(すし)宇多喜代子が為成す  和生 
実は、茨木和生句集「真鳥」から紹介した前掲の句についてだが“為成す”の背景を知ることになったので、改めて紹介したい。記事は「大阪俳人クラブ会報156号」の講演「魚と俳句」である。
「宇多さんは毎年、会津只見川下流の鮓作り名人の所へ行って、山椒の葉をいっぱい使った鰣(はす)鮓(すし)を作ってきます」とあった。毎年、会津までとは!季語を暮す俳人なのだと改めて感心した。陶芸を齧っている関係で、もう一つ気になった句がある。
  蚊だやしの地渋崩して泳ぎけり   和生
「蚊だやしは目高に似た外来種で、ぼうふらを食べてくれます。僕は目高と同じ季語として使っています。田圃で蚊だやしが動くと、水面がぎらぎら光るのが何なのか、三年間わからなかった。ある時、陶芸家が釉薬にしようとその水を掬っていたので、尋ねたら、じしぶと教えてくれました。広辞苑に「地渋=田・溝などの水面に、鉄さびのように光って浮かぶもの」とあり、何としても句にしなければ、と思ったのです」
他には、田作・鯛・干鮎・鰆・ごんずい(ぎぎ)・鯥五郎・桜鯛・のめ(のろげんげ)・諸子・稚鮎・初鰹・鱚・鱧・眼張・色鯉・金魚・秋味・目白鯔・氷魚・寒鯉などの句と解説があった。
〈茨木和生の魚の俳句」のレジメに、魚の季語九十四、作句例百十一句からの要旨から・・〉 

さてさて、最近の「歳時記」はどうなっているのだろう。インターネットで、人気を調べると、やはり、「夏井いつきの三六五日季語手帖」等々・。俳句集団いつき組、組長の独り舞台のようだ。若者では神野紗希さんの「俳句の練習帳」があったが、ネットで調べる若者事情なのだから、当然とも言える。
「夏井いつきの赤ペン俳句講座」「・・美しき、季節と日本語(上達のポイント満載)」のお勧めポイントは、「毒舌キャラで人気の俳人・夏井先生の手にかかれば、ありきたりな平凡な句があっと驚くイメージ豊かな一句へと早変わり! 本書は、そのミラクルな言葉の化学変化の秘密を初公開。五・七・五にパズルのように言葉をはめ込めば、脳を鍛えて幸せホルモン・ドーパミンが泉のごとく湧いてくる。俳句を詠めば、脳が若返る!ストレスに強くなる!脳科学者・茂木健一郎氏の対談を収録」だそうだ。
最近の「プレバト」は結構レベルが高い・・!気軽な様で尻込みしてしまうのもしかり・・。先ずは歳時記を手に取ってみよう、そうすれば、心の中の俳句の蕾がぽんと開けるはずだ。
 ところで、角川ソフィア文庫から今年の五月に出版された「俳句歳時記『夏』第五版」角川書店編に、お馴染み、四国の涼野海音さんの句が、収録されているので紹介したい。
【麦の秋・むぎのあき】麦秋 むぎあき・ばくしゅう
新しき道のさびしき麦の秋    上田五千石
○駄菓子屋に空き瓶ひとつ麦の秋   涼野海音
麦秋のやさしき野川渡りけり    石塚友二
麦秋の大土間にある凹みかな   大峯あきら
【虹・にじ】
虹なにかしきりにこぼす海の上   鷹羽狩行
○誰もゐぬ港に虹の立ちにけり    涼野海音
虹二重神も恋愛したまへり     津田清子
【麦刈・むぎかり】麦車・麦扱・麦打・麦埃・麦殻焼・麦稈・麦藁
○傾いてわたる日輪麦埃       涼野海音
麦殻を焼いて列車を見送りぬ    櫂未知子
麦藁の今日の日のいろ日の匂ひ   木下夕爾
【捕虫網・ほちゅうあみ】
捕虫網買ひ父がまづ捕へらる   能村登四郎
垣越しにゆく大小の捕虫網     佐藤郁良
○新神戸駅で降りたる捕虫網     涼野海音
【海の日・うみのひ】
海の日の海より月の上りけり   片山由美子
○海の日の一番線に待ちゐたる    涼野海音
 海音さんの俳句ばかりを取り上げたが、現代を代表する若手作家として、どうどうたる詠みぶりだ。他に、
茶粥にも旬ありとせば薄暑かな   茨木和生
遮断機の今上がりたり町薄暑    高浜虚子
小満や白磁の椀に湯を享けて    大石悦子
 
夏は「花火」!日本三大花火大会と呼ばれているのは、「全国花火競技大会 大曲の花火」(秋田)、「土浦全国花火競技大会」(茨城)、「長岡まつり大花火大会」(新潟)で、テレビ中継もあるほど風物詩になっている。花火が始まる前の昂りと終えたあとの句を選んでみた。
暗く暑く大群衆と花火待つ     西東三鬼
くりかへす花火あかりや屋根は江戸 三橋敏雄
この空に記憶さまざま大花火     桂信子
一枚の海に戻して花火終ふ     鷹羽狩行
闇がなほ濃き闇つくる花火後   能村登四郎
閑けさや花火消えたるあとの星   日野草城

 十年位前に、大阪淀川の花火大会へ十人の仲間と行ったことがある。明るいうちから、出かけたが、余りの人出に、途中で引揚げた。イベント慣れした若者はその臨場感が楽しいのだろうが・・、我等中年?は駅ホームで、花火の音を聞きながら電車に乗り込み、地元の居酒屋で、気勢を上げたのだった。
 手花火となると、全く違う感慨になる。
散らばりし闇に手花火はじまりし  稲畑汀子
くらやみに手花火ともる児の声も    林翔
 手花火の綺羅を大きく育てけり   工藤泰子
手花火の火玉すとんと落ちにけり   稲畑汀子

やはり、前月紹介した桂信子さんの句は「大花火」でなくてはいけなかった。
大花火何と言つてもこの世佳し    桂信子
死にし人別れし人や遠花火    鈴木真砂女
 花火が終わった後はだれしも寂しい。
            やんぬるかな!
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Posted on 2018/06/16 Sat. 07:48 [edit]

category: やんぬるかな

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16

遥照6月号2018 

                 DSC_0231.jpg
麦秋の村うごきだす朝ぼらけ    佐藤宗生
新緑や塔かたむけて国分寺     花房柊林
恙なく神事勤めし桜鯛         甲斐梶朗
一閃の影に口開けつばめの子   石津淡紅
いたどりをポカンと折れば昔見ゆ  牧明子
臥す母に五月の暖を入れにけり    山崎靖子
教室に白のカーネーション一つ    竹地恵美
吊橋の真中に立ちて谷若葉      滝口和代
地の下はシードバンクか草芽吹く   古川澄子
おのおのが彩しづくして花菖蒲    森脇八重
そよ風に淑女熟女の杜若       原房枝
常磐木の落葉の舟や苔の上     森靖子
黄金週間高速道の光る帯       井上和子
ディズニーの魔法にかかり風薫る   石井弘子
きのふとは違ふ鏡や柿若葉       久戸瀬孝子
すり鉢に母の温もり木の芽摺る     山下和子
里山はふくよかなりし新樹光      大室瀧子
遠雷の「中平」銘の古刀かな      山下卓郎
島遍路橋三十年風一日         土屋鋭喜
看護師の言葉ひとつや楠若葉    虫明有菜
あれこれと苗を揃えし穀雨かな    藤沢絹子
下駄跳ねて揃いの衣装夏祭      徳永保美
穴子焼く香に包まるる安芸の旅    浅野陽
黒南風や手打ち硝子の波打てり    南みどり
人生の句読始める古希の春      高橋あい子
若草へ広げるランチバスケット    工藤泰子
  

Posted on 2018/06/04 Mon. 11:31 [edit]

category: 遙照

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04

やんぬるかな77 

やんぬるかな77  工藤泰子
前回は次の句で終わった。
竹の秋孟宗淡竹真竹の順   右城暮石
 煮汁掛け続けて筍眼張煮る  茨木和生
もちろんすぐに薮に筍を掘りに行き、収穫はしたのだが、筍眼張は実現しなかった。
 筍眼張の句は、茨木先生の12冊目の句集「真鳥」(2015年)に収録されている。
この句集には、為書き “祝婚 教へ子 工藤総君”の句があり、我が家の宝物にしている。
  蝶飛んで運び行くなり祝婚歌  茨木和生
入学から、在学中の6年間、その後も20年以上もの年月を“俳句”という縁の縦糸の絆を持てていることに感謝したい。先生との出会いは、「運河」の五月号の「運河リレーエッセイ5」で「かなかなの真ん中」のタイトルで書かせて頂いた。
【平成5年のことだ。三男の高槻中学校入学式で、講堂の壇上に、茨木和生先生が現れた。「ミス卑弥呼準ミス卑弥呼桜咲く!」「これが俳句なのか?」神託を受けたように電気が走った。その後、PTA句会に参加し、「運河」に入会した。四人の子育て中に、自分自身の世界が持てたことが何よりうれしかった。以下略】
岡山に転居したのは、平成20年で、それからは、「鴨方俳壇」現在の「遥照」に参加し、佐藤先生や、素晴らしい仲間に恵まれ、句座を多いに楽しんでいる。
 “祝婚歌”は、吉野弘(大正15~平成26年)の詩である。軍国少年として育った吉野弘だが、陸軍に入隊する5日前に、戦争が終わり、 今までの価値観が根底から覆された。 絶対的な価値観などないと気付いた彼は「一度は死んだはずの命を、人のために役立てたい!」終戦の2年後、21歳で詩人になる決意をしたのだそうだ。彼の詩は先行きの見えない混沌とした時代に、人間の弱さや優しさ、他者とかかわって生きることの意味を投げかけた。彼の詩に触発されたと言う映画やドラマの脚本家や歌手も多い。
「祝婚歌」  吉野 弘
二人が睦まじくいるためには
愚かであるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
・・(中略)・・・
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで 疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい・・・
 
俳句「蝶飛んで運び行くなり」は、まさしく、事祝ぐ!寿ぐ!ことほぐ!その力があると嬉しかった。

さて茨木和生著「季語を生きる」の交遊録によると宇多さんの手料理を食べながら、古季語、難季語で作句する「あ句会」があるのだが、そのメンバーは岩城久治・西村和子・大石悦子・山本洋子・辻田克己さんと、大物揃いだ。句集「真鳥」に次の句がある。
熟れのよき鰣(はす)鮓(すし)宇多喜代子が為成す  和生
 熟鮨(なれずし)は、酢を用いず、発酵によって酸味をもたせた鮨。塩をふった魚肉と飯を交互に桶に入れて重ね、重しをして発酵させる。約一年もかけて熟成させるのだから、その手間暇はお金に換算できるものでない。運河の大会が琵琶湖の今津で開催された時、鮒ずしを食べたことがある。その一切れも、特別な計らいで供されたのだ。味はブルーチーズの様で、癖になると止められないそうだが、とっつきは悪い。掲句、宇多喜代子さんの為に成す!先生方の食いしん坊ぶりは半端ではない。
〈ハス寿司は、コイ目コイ科ハス属の淡水魚「ハス」を使って作られる馴れずし(熟れずし)の一つ。琵琶湖沿岸地域で伝統的に作られてきた発酵食品。〉
宇多先生は、昭和10年(1935)山口県周南市生まれ、桂信子の「草苑」に創刊同人、現代俳句協会賞、蛇笏賞などを受賞、現代俳句協会会長(2期6年間)叙勲もされている。著書に「りらの木」「夏の日」「半島」「夏月集」「象」「記憶」「円心」「宇多喜代子俳句集成」「古季語と遊ぶ」「ひとたばの手紙」などがある。
 天皇の白髪にこそ夏の月 宇多喜代子
 いつしかに余り苗にも耳や舌  〃

宇多俳句の魅力は何だろうか?少女の時の戦争体験から来るものだろうか?戦火を見つめた俳人への思いは深く強い。俳句から立ち昇る圧倒的な強い力を感じながら、ふと、助詞の「に」の使い方に強さが現れているのではないかと思った。いくつかを挙げて考察してみたい。「に」には傍線を引いた。
牡丹雪ひととき天地さかしまに
隣国の隣国に咲く冬すみれ
これしきの春を生きるこの力
返信さくらの咲きしこと少し
夏の朝天動説をかたくなに
一匹の蝌蚪にかしずく膝頭
いま飲んだ水を涙夏夕べ
棒とその影をたしかに夕立あと
またここへ戻ると萩に杖を置く
秋の風石に目鼻の見えはじむ

〈断定の助動詞『なり』の連用形」断定の助動詞『なり』の同じ。「にあり」「になし」「にして」「にて」「にや」などの容で用いられることが多い・・〉
 さあ、夏料理だ。宇多家の夏座敷には葭(よし)障子が入っていて、簾越しに打ち水の香や掛香の匂いがしてくる。
色淡き順に運ばれ夏料理   宇多喜代子
朴の葉に先付の品夏料理    茨木和生
鱧の旬すなはち祭近づけり    〃
鱧づくしなれど出て来ず鱧の笛  〃
これはモロッコ桜煮の蛸を見て  〃

二人は中上健次さんが主催していた「熊野大学」からの交流で、日本の祭事や里山を見直す活動に力を注いでいる。本当の意味での贅沢な暮らしを知っているのだ。
吉野弘詩集「風が吹くと」の『生命は』より一部
生命は その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分他者の総和
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
 
大花火何と言つてもこの世佳し 桂信子(H14) 
 やんぬるかな!

Posted on 2018/06/03 Sun. 07:41 [edit]

category: やんぬるかな

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03

遥照5月号2018 

    DSC_0495.jpg
露座仏の石の衣も温みけり     佐藤宗生
春の鳰水面の空を破りけり     花房柊林
休耕田浄土となして仏の座     甲斐梶朗
潮騒や入日おろがむ遍路笠     石津淡紅
平成の終らむとする花吹雪     牧明子
山中の花に沈みて神在す      森靖子
山並みも家並も沈め朧月      竹地恵美
風色の艶やかしだれ桜かな     瀧口和代
末黒野や戦渦を抜けしのこと     山崎靖子
梅だより無人の駅が混み始め   岩崎弘舟
春光や平成の御代三十年       長畦恭子
そよ風にやおら衣を脱ぐ蕗の薹     古川澄子
ものの芽に寄り添ふ風の甘さかな   森脇八重
花抱き思い出抱き彼岸来る       原房枝
封印の解かるるやふに蕗の薹    久戸瀬孝子
青春は駆け足で過ぎ芽吹き山   井上和子
一人づつ夢を語りて卒園す      石井弘子
薄紙にくるまれし里月おぼろ     大室瀧子
草萌えや野仏の頬緩みをり      山下和子
しつかりと掴まれ真鯉の金太郎    土屋鋭喜
隠国の泊瀬の花の風に酔ふ     山下卓郎
山奥に節分草の座を得たり      徳永保美
表具屋に表具師ひとり春の昼    南みどり
蕗のたう息吹のもとの底力      高橋あい子
フラミンゴ脚をくの字に春隣     工藤泰子

Posted on 2018/05/12 Sat. 15:30 [edit]

category: 遙照

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12

運河・リレーエッセイ「かなかなの真ん中」工藤泰子 

「運河リレーエッセイ」  工藤泰子
    「かなかなの真ん中」
平成5年のことだ。三男の高槻中学校入学式で、講堂の壇上に、茨木和生先生が現れた。「ミス卑弥呼準ミス卑弥呼桜咲く!」「これが俳句なのか?」神託を受けたように電気が走った。その後、PTA句会に参加し、「運河」に入会した。四人の子育て中に、自分自身の世界が持てたことが何よりうれしかった。
岡山に転居したのは、平成20年である。
それまでを“前半戦”として句集「葉風(ハーフ)泰夢(タイム)」に纏めた。
都会のマンションから、敷地が千坪の古家の暮しが始まった。長屋門、母屋、西と東の離れ、茶室や蔵など、しばらく空き家だったので、家も庭も荒れ放題だった。そこで“後半戦”のテーマは、家と庭の維持管理となった。
俳句の方は、いつの間にか輪が広がって、岡山俳人協会、倉敷俳話会、浅口市俳句協会などの行事に関わっている。
「倉敷俳話会」は俳人協会、現代俳句協会、伝統俳句協会など超結社で道場破りの様な楽しい句座である。その仲間から機関誌「高梁川」の「リレーポエム」をバトンタッチされた。第1号は大原総一郎氏の「高梁川流域連盟の出發」だった。締切は一年後だ。泥縄ではあるが、新見の井倉洞、備中高梁、酒津公園、円通寺、玉島港などを訪れ、72号に『うたひつつ』30句と文章を寄稿した。
その中で、一番の思い出は、90年の歴史を惜しまれながら昨年廃止した「水江の渡し」を探しあて、乗船したことだ。この渡船は、河川の改修に伴い分断された水江地区と対岸を渡すための“市道”で、無料であった。定員9人のモーターボートは、犬や自転車も乗せてくれ、対岸までの40メートルの船旅を楽しめる。俳句仲間と来た時には、特別に上流まで乗せてもらったこともある。運行の最終日には、たまたま私と主人の乗った舟がテレビで放映された。これには正直驚いた。
大寒のころ、件の船着き場に行ってみた。残されていたコンクリートの乗り場から、空を跨ぐような倉敷大橋を見上げた。橋の袂には、加藤大臣揮毫の『水江の渡し』の記念碑が建っていた。
もう一つは運河を見つけたことだ。江戸時代、水江から玉島港までの9キロを高瀬舟が通い「高瀬通し」と呼ばれる水路がそれだ。閘門式の一の口水門の遺構や、川港の「ふなだまり」を訪ね、川の流れと歴史の流れを辿った。
後日届いた機関誌「高梁川」のあとがきに、「嬉しいニュース。リレーポエム俳句工藤泰子氏県芸術選奨入選。祝。祝。」があった。俳句、俳縁から得たものは計り知れない。
かなかなの真ん中にある魔方陣  泰子
ただ今、カントリー・ライフ進行中である。

Posted on 2018/04/28 Sat. 05:55 [edit]

category: 俳句

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